外つ歌:嵐の後で

 名前すら書かれない男が去った後、呆然とし、続いて喚きだしたのがバロです。彼は腹心のバルクが面倒くさそうに耳栓を付けるのに気づかずに、喚いて騒いで地団駄を踏みました。
--なんだったのだ……なんだったのだ! あれは一体……
 さらに面倒くさそうにバルクは耳栓を外して口を開きました。
--リューンの姿がありませんでした。あれはおそらく、ただの人間、黒のいう地べたすりでしょう。
--そんなわけがあるか! 見ただろうあの強さを、地べたすりなんてものではなかった! あれは、あれではまるで……
--父祖のよう、ですか?
 バルクの言葉にバロの表情が強張りました。
--そ、そんなわけないだろう。人間を父祖に例える奴がいるか。バルク、貴様を腹心に置くのはお前が頭が良いからだぞ。もう少しまともな推理をしてみせろ。
--今のは推理ではありませんが。
--御託はいい。
 バルクはこれ見よがしにため息をつくと、杖に身を預けて考えました。
--おそらくあれは、セマ・オーマでしょう。正確にはセマ・オーマに導かれた人間かと。
--黄色だと? 技術発展の邪魔になるとかいって自ら絶技を封じるようなあんなパッとしない連中がか。
--あの機械人形を見たでしょう。あれこそまさにセマ・オーマの証。さらに言えば黄色い上着を着ておりました。単なる趣味、というのもあるかもしれませんが、普通に考えればセマの色と見るのが妥当でしょう。
 バルクの言葉にバロは苦々しい顔で応じました。
--セマを討伐すべきかもしれんな。危険すぎる。
--あのような手練れがそうそういるとも思えませんが。
--それでもだ。人間を根絶やしにする事も考えねばなるまい。
--逆に考えるのです。あのような手練れと戦えるかもしれないと。
--ふうむ。名誉ではあるな。
--ならば人間の根絶やしなどやめる事です。さらなる名誉のために。
--バルクの言う通りだ。絶滅はやめよう。
 バルクの機転で人類は絶滅をまぬがれました。

 バロは絶滅を止めようと言った顔のまま、竜の背に乗せられた静日のもとに近づいて様子を見ました。
--この人間に何があったのだ。無謀ではあるがファウの技を使えるようには見えなかったが。
--暴走かどうかも考えねばなりますまい。
 バルクはそう言ってアーの方へ歩み寄りました。
--青殿の見立てはいかがか。
--なんとも。
 バロの弟であるアーは、弟子のラスタロロスを助け起こして、頭を振りました。加齢メイクが落ちて、随分若々しい顔になっていました。
--この頃見た事も聞いた事もないことが連続して起きています。先ほどの男もそうです。セマ・オーマの人々とは親交がありますが、あのような人物は聞いた事がありません。
--神々はどうだ。もとは無機物やら植物とは言え我らに近い姿のものもあろう。
 横からバロが口を出しました。竜のクェースとともに、おっかなびっくり、静日の顔に風を送ったりして様子を見ています。
--一番強いと思われる金剛石の女神ならば手元に置いておりますが。
 アーはそう言って首を振りました。
--神々の力とも異質でした。
--結局何もわからずか。
--わからない事がわかったことは僥倖です。分からないなら調べるなり研究なりができます。
 アーとバルクは同音異口にそういうと、二人して静日に近づきました。
--ともあれ、我々の絶技が妙な作用をして娘を傷つけた可能性はあります。しばらくは手元に置いて慎重に治療の方向性を探すべきでしょう。
 アーはそう言うと、バロがうっかり静日を傷つけたりしないように、そっとその身を抱えました。