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zoom RSS 愛鳴之のかすかな悲しみ

<<   作成日時 : 2013/02/11 19:36   >>

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小説 電網適応アイドレス リターンズ (5日目) 愛鳴之のかすかな悲しみ
(1)
 小さな緑の丘、その斜面から海を見る。反対側を見てはいけない。そこはもう農業工場群であり、港湾施設である。港湾施設にはよんたや土場の船が大量に停泊していて、この国に欠く事の出来ぬ大量の食糧を荷降ろしていた。

 だから、マーヤ・メルクーアは振り返らずに海を見ていた。緋色の長い髪が温かい風に踊っている。
 丘の斜面にはいくつもの宝石で飾られた剣が突き刺さり、風に揺れる緑の抱擁を受けて長い眠りについていた。その宝剣と宝剣の間に、マーヤは座っている。乙女座りをするでなく片膝を立てて座っていたから、スリットの入った長いスカートは旗のようにはためいていた。

「こんなところにいたんだ。マーヤ」
 のんびりとした声をかけられ、マーヤはどう言おうかと考えた。年相応の洒落た言い回しはマーヤの苦手なものだった。だから結局、ぶっきらぼうに言った。
「別に?」
「そうかー」
 気を悪くするでなく、級友の雪白はそう言って隣に座った。乙女座り。
「休み時間にいなくなるなあと思ってはいたけれど」
マーヤは黙っていた。彼女は不器用だった。彼女はうまい言い回しが出来なかった。明るくしゃべることも。だから、黙っていた。
「まさか墓場にいるとはね」
「悪いか?」
「ううん? 信心深いのはいいことじゃないかな。年頃の娘が通うような場所じゃないけど」
 マーヤは黙った。信心深いかはさておき、話の後半はそうだと思ったのだった。
 つっけんどんな対応に気分を害することもなく、雪白はにこにこしている。
「風が強いね」
「校舎に戻ればいい」
「風が強いからいちいち校舎に戻ってたら、時間の無駄じゃない?」
 だったら私とおしゃべりするのはどうなんだとマーヤは思った。雪白という同級生は苦手だった。白い肌、綺麗な笑顔、綺麗にクリーニングされたブラウス、そう、自分の持ってないあれやそれを持っているからだった。
 よりにもよってそんな雪白にこの場所を嗅ぎつけられるなんて。
「私も魔術師に仕える者になった」
「え?」
 考え過ぎて半分ほども雪白の言葉を聞き逃していた。マーヤは顔を向けて宝石のような雪白の瞳を見た。
「だから、私も魔術師に仕える者になるの。明日は最終試験、それ終わったら主を探して国を出るわ」
 マーヤは混乱した。彼女は出生許可を持っていたし、僧侶としての修行も終えていたはずだった。それが、母親になることを捨てた? どうして。
 マーヤは瞳から目をそらした。迷いに迷ったあげく、一言だけ言えた。
「なんで?」
「貴方が魔術師に仕える者になるから……なんてね」
「本気にしそうになった」
「本気になってもいいよ。マーヤ?」
 マーヤは黙った。雪白はにこにこしている。意味が分からない。落ち着こうと少し考え、彼女は単に私に真なる理由を言いたくないだけではないかとの考えに至った。それなら分かる気もする。誰だって一人きりになりたいものだ。
「冗談じゃないの?」
「あら、ほんとよ。マーヤだけには言っておこうと思って。だから、不意に私がいなくなっても気にしないでね」
「魔術師の知り合いはいないの?」
「そんな貴族さまの子供じゃあるまいし」
「でも雪白は貴族みたいだよ。お姫様みたいだ」
「工場長の娘よ。土場の下請けのね」
 雪白はそう言って笑った。
「クラスから孤立しないようにね」
「そんなのは怖くない。雪白はそれで私に話かけていたのか」
 マーヤはそう言った後、無限の劣等感を与えるこの少女を友人だと思っていた自分に気付いた。雪白は煙るような眼で、マーヤを見ている。
「そんなに親切に見える? 私」
「み、見える。雪白は綺麗だし」
 雪白は口に手を当てて笑った。
「マーヤが男の子だったら良かったんだけどね」
「ど、どういうことだ。そりゃ私は肌が黒いよ、髪も癖がありすぎる」
「そういうのじゃなくて」
「じゃあどういうこと?」
「元気でねってこと」
 雪白は笑って立ち上がりながら言った。マーヤが混乱しながらどう言おうか迷ううちに、手をひらひらさせて雪白の姿は見えなくなった。

(2)
 マーヤは自分は頭が悪いのだと思った。喋りたいことはたくさんあるのに、口に蓋をされたかのように何も言えない。
 マーヤは雪白がどう剣を振るうのだろうと考え、なんの想像もできずに緑の丘を降り始めた。
 この国で自然の植物に触れることはほとんどできない。
 多すぎる人口を収容する関係で都市区画に緑はなく、農業用地は効率を追い求めて高度な工場のようになっていた。
 この国の、手の入っていない自然の植物は丘の斜面にしかない。そこだけは、開発の手から免れている。
 猫の額ほどの土地でも砂金の塊のように貴重なこの国で、丘の斜面とはいえ自然が保たれているのは何故か。墓地だからだ。人は死ねば火葬場で焼かれ、焼成されて宝石になる。宝石は剣を飾られ、最終的には斜面に立てられる。かつてこの国が騎士の国だったころの、名残だ。
 午後の日差しを受けて丘の斜面がきらめていている。輝く宝石の一つ一つはかつて人間だったもの。それが愛鳴之の墓地のあり方だった。
 マーヤは教室に戻り、授業を受ける。雪白もいた。丘で話したことなど、まるでなかったかのように、雪白は級友に囲まれ楽しそうに会話している。あれは夢だったのかと思ったが、そんなことはないと良く分かってもいた。
 授業が終わって薄い鞄を持って居住区へ向かう。どこまで乗っても値段が同じ路面電車に乗って、押し合いへしあいしながら人ごみの中を歩いた。人の多さは愛鳴之の名物、路面電車の屋根の上にだって人が張り付いている始末だった。
 仮の家である赤緑家に入り、メード服に着替える。着替えたら大きな剣を担ぎ、地下室に降りた。広くもない場所だが、マーヤはこの場所を気にいっている。他に人はいないから。第7世界人だという主は、もうずいぶんと姿を見せていなかった。数名のメードと執事が、主が戻るかも分からない家にいる。
 剣を振る。訓練部屋は狭い上に意図的に色々なものが置かれている。傍目には物置のようだった。実際は違う。狭いところでも剣を振るうための、訓練のための場所。
 大きな剣を逆手に持って突き、積み上げられた椅子の隙間から刺し、次の瞬間には持ち替えて剣を振る。脇をしめてコンパクトに振る。室内で大振りはしない。飛んでくるつぶてを剣で受け、必要ならば体で受けた。まだ会ったこともない主人を守るための、痛み。
 雪白もこんな訓練をしているのだろうかとマーヤは少し考える。魔術師に仕えるなんてどうかしている。魔術師の家を模した室内で、魔術師を守る想定訓練をしながら、マーヤはそう考えた。なにしろ魔術師はこの藩国も、帝國にいない。いるとすれば共和国だが、その混沌ぶりは既に人の形態を失っているというもっぱらの噂であった。
 何故私達は魔術師に仕えるために訓練をするのだろう。
 剣を握ったまま、マーヤはこれまで何度も考えたことを繰り返す。つぶてを受けた右胸が痛い。そもそも魔術師とはなんだろう。かつてはこの国にいたというが、今では誰も覚えてはいない。でも、魔術師に仕えるものと言う職業だけは今も厳としてある。少なくなくない数の娘を毎年輩出し、訓練を施し外国に送り込んでいる。棄民だと口の悪いものは言う。どこかで慰みものになり、使い捨てられているのだと。
 汗を拭く、剣を振る。あまり考えないようにしている。考え過ぎると、手で顔を覆って鳴いてしまう。
 訓練を終わり、主なき晩餐の給仕を行い、夜中にかけて一人夕食を摂る。パンとスープの質素な食事。背は高くても小食なマーヤには不満はない。ただ、ゆっくりと食べた。
 顔を見せた執事に訓練は順調かと聞かれ、たぶんと答えた。この家で修行中の先輩がいるでなし、マーヤにはどれくらいがいいのか自信がなかった。
 夜中、赤緑家を出る。一人歩く、良く心配されるが、街灯や交番が出来てから随分無法者も減った。それに、私はあまり美人じゃない。人攫いも自分を狙ったりはしないだろう。
 それに、やったことはないが大抵の男くらいなら撃退できる自信もあった。それは彼女のかすかな希望ではあった。仕えるべき魔術師がいなくても、慰み者などにならないですむかもしれない。
 寝ている家族が一杯の自宅に脚は向かず、一人墓場に向かった。夜風に当たって、それから帰ろうと考えていた。

(3)
 新月の夜だった。空は月を補うように星々が瞬いている。星の光を受けて、墓地に無数にある宝石たちもかすかに煌めいていた。
 マーヤは剣が無数に刺さった丘の上で、緋色の髪を束ねる紐を取り、風に髪を躍らせた。
 ここは一人だ。だがそれがいい。
 海の向こう、遠い船の航行する光を見ながらマーヤは微笑み、孤独と沈黙の中に佇んだ。
 恐れることなど、何もない。
 孤独は貧乏でおせっかい、時に耐えがたい厚かましさを遠ざけてくれた。教師や親に比べられては傷つき、それでいて内心で誰かと自分比べて傷つく彼女にとって、孤独は怖いものではなかった。どちらかというと居心地の良いものだった。
「本当にここが好きなのね」
 マーヤは流れるように身構えた。少し離れたところで、自分と同じように銀色の長い髪を揺らしている女がいる。同じ女学校の制服姿だった。二本の短剣を右手と左手にだらしなく持っている。
「雪白」
「貴方が相手でよかったわ」
 雪白はにこっと笑った。笑った瞬間マーヤは身を伏せる。短剣が一本、低くした頭上を飛んで行った。
 何故、とも、なにそれとも言えず、マーヤは訓練の積み重ねのまま走った。短剣が続々投げられ、地面に突き刺さっている。
 雪白は白い肌をさらに白く輝かせ、桜色の唇には笑みまで浮かべて、スカートから、上着から、続々と短剣を取り出していた。
「本気を出して」
 どんな手品か、四本同時に短剣が飛んで来た。
 どんな人間も息がとまるような一瞬だが、マーヤの息は止まらない。逆に息を吐いた。瞳が輝いている。
 斜面に刺さったいくつもの剣、右と左のそれの間を滑り降りながら、手に触れた一本の剣を抜いて短剣を払った。
「凄い」
 華やぐ歓声で、雪白は喜んだ。喜んだまま、右手と左手に四本づつの短剣を持ち、時間差で投げる。
「なんで」
 やっとそれだけ言って、マーヤは第一陣の短剣を剣で払い、時間差で襲いかかる第二陣を左手で別の剣を抜いて受けた。全部受けきったつもりだが九本目の短剣が飛んできて、マーヤはそれを右胸で受けた。心臓のある左胸なら即死だが、右胸はそうでもない。
 走り、刺さった短剣を左手で抜きながらマーヤは毒を確認した。毒はない。
「やっぱり体で受けたね。マーヤ」
「意味がわからない」
「おかしいと思わない? 私たち。よけることもなく、必要なら身体で止めている」
「それは、魔術師に仕える者だから」
「魔術師って誰よ」
 雪白はスカートの中に隠した剣帯を落とした。十本以上の短剣が地面に落ちる重い音。
 身軽になって飛ぶ彼女、右手と左手の短剣で、マーヤを殺しに来た。
 魔術師とは誰。それはマーヤだって聞きたかった。
「薄気味悪い詩歌の詩人のこと? それとも森国の亜人間のこと?」
「分からないよ。そんなこと」
 マーヤは自身の理性が抑制するより早く反撃に出た。剣をコンパクトに振るい、飛ぶ雪白に向かって真っすぐ突きだした。空中を飛ぶ攻撃は、怖くない。彼女はそう繰り返し教わり、訓練をしていた。雪白は笑って右胸で受けた。貫かれたまま短剣はマーヤの喉笛を正確に狙っている。マーヤは手を離して後ろに飛び、転がるように斜面を下りた。
 別の剣を抜いて二刀流に戻る。順手と逆手に宝剣を持ち、くるくるとまわして剣のバランスを確かめた。
 胸に宝剣を突き刺したまま、雪白は優しく笑ってマーヤを見下ろしている。
「優秀だね。マーヤ」
「なんで私と雪白が戦う必要があるんだ」
「昼に言ったじゃない。最終試験だって」
 雪白は剣を抜くのを放棄した。抜けば出血死すると思ったのだろう。抜かなくても肺が激しく傷ついて死ぬが、死ぬまでの時間が違う。彼女たちには、その時間の差が重要なのだった。
「嘘だ。そんなの聞いたことない」
 マーヤは自分のやったことを目の当たりにしながら口にした。手が激しく震えている。雪白の肉をついた感触が、手のひらにこびりついている。
「嘘じゃないわ。私が私に課したの。貴方を殺して、私はこの国を出る」
「なんで!」
 思わず大声でマーヤは叫んだ。頭の中が混乱している。混乱しているから、弁当をわけてくれたり皆に囲まれて笑ったり、昼に自分の横に座っていた姿ばかりを思い出す。
「分からないよね。そういうところ、大好きよ。マーヤ」
「大好きなら」
「大好きだから、どんなものか分からない魔術師のものになる貴方を殺すの」
 それはマーヤの全想像力をはるか斜め上に行った先の言葉だった。マーヤはそれでも一生懸命考えて返事をした。
「お、同じ主に仕えればいいじゃないか」
 雪白を見れば、雪白は今まで見たことがないくらい優しく微笑んでいる。マーヤはその顔を見た瞬間、自分の提案では駄目なのだと悟った。
 血だまりを捨てて飛ぶ雪白。それでも飛ぶのは剣と短剣というリーチのせい。リーチの差を雪白は命で縮めている。
 マーヤは震える剣を捨てた。感情が剣の邪魔なら、剣ごと捨てるのが彼女たちの訓練だった。繰り返しやった訓練が、マーヤの感情を全部ねじ伏せて、冷静極まりない一撃を決めた。
 都合二本の剣に貫かれ、雪白は笑って崩れ落ちた。マーヤの腕の中に。まるでそれこそが最初からの狙いだったように。
 マーヤの目が大きく見開かれている。

(4)
 マーヤは雪白をゆっくり横たえた。雪白は笑っている。
「なんで」
 質問に何一つ答えず、雪白は優しく言った。
「貴方の赤い髪がうらやましかったわ。そばかすの浮いた顔も、背の高さも」
「私はずっと雪白が憎かった。お姫様みたいだったから。綺麗だったし、頭もよかったから。だか、だからなんで?」
「憎んでいたなら、それでいいじゃない。悲しそうな顔なんかしないでも」
「うらやましさの裏返しだった」
 マーヤの手に、雪白は指をからめた。
「じゃあ、私たち似たもの同士ね」
 そうして微笑んで雪白は絶命した。
 マーヤはじっと考えた後、死体の目を閉じた。

 どんな理由か分からないが、自分は人を殺めてしまった。もう、この国にはいられない。マーヤは朝が来る前に国外脱出を開始する。
 雪白が死のうと自分が逃げようと、この国は何も気にしたりはしない。代わりの人は、たくさんいる。それでも親族や友人は悲しむだろう。だがそれは、かすかな悲しみだ。
 雪白もそれがいやだったのかなと、マーヤはそう思った。


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