眼鏡の海賊(前編)(まだ後編書いてない)

 時の積み重なりが歴史というのなら、良い歴史と悪い歴史があると思う。もちろん、政治的な話じゃない。塵と埃とゴミの話だ。

 レンズに悪いと思いながら、俺は曲がりくねった石畳の道の隅を蹴っ飛ばした。それでなくても埃っぽいところに、塵が舞い上がる。
 これが、何千年かの悪い歴史ってやつだった。掃除くらいやれと愚痴がいいたい。

 ため息一つ。白い息一回。頭振ること二回。
 望んでこの場所に来たはずなのに、気は重く、どうにも気持ちが悪い。

 気が重い理由の一つは空がないことだった。ここも、故郷のように空が見えない。悪い歴史が積み重なっているのは塵と埃ばかりじゃない。建物も同様だった。恒星間

移動時代初期に作られた堅固な複合構造体を取り壊すのは余程金が掛かるということなのか、街も人も、かつての街の上に積み重なるように新しい街を作り上げていた。

 望んで来ているのに。か。
 それが上等な冗談に思えて、また歩く気になった。胸に下げたカメラを叩いて、歩き出す。

「あんた、N系の人間だろ」
 歩き出して三歩目で暗闇から声が掛かった。存外近い距離だった。俺は片方の眉をあげたあと、肩をすくめようとして失敗した。肩こりだった。仕方ないので肩を廻し

ながら、うなずいた。

「そうだ」
 声は後ろから近づいて来る。声は若く、発する位置は低い。どこか鈴のような音と柔らかい息で、俺は相手が美少女であることを夢見た。まあ、そんなに出会いの運が

良かったら、とっくの昔に誰かと結婚しているわけだが。
 俺が黙っていると、背中にくっつきそうな位置で声の主は言った。
「N系の、NIPOOS11あたりのサラリーマン。独身、しがないサラリーマンでボーナスためてこっちに来た。観光だ。明後日の銀河聖王国の戴冠式を見に来た。違

う?」
「90点だな。正確すぎて面白くないからマイナス10点」
「道に迷ってここに来たと。振り向いても大丈夫だよ。ナイフは持ってない」

 俺はそれを聞いて微笑んで振り向いた。頭が取れたアンドロイドだった。顎と舌だけ残っているのが痛々しい。腕は片方で、代わりに銃が仮設してあった。
 俺は言った。
「悪いな。恐がりなんだ」
「あんた本当にサラリーマン? サラリーマンにしては、度胸すわってる。普通はお金おいて全力で逃げる。どうかすると何もおかずに置いて逃げる」
「サラリーマンじゃないな。自営業だ」
「いい仕事じゃなさそうだ」
「儲からないのは認める」

 アンドロイドは笑った。声だけは笑っていた。
「だろうね。私を見て驚かなかったのはたいしたモンだが、対処としては三流以下だ。逃げた方がまだマシだったね。転職をおすすめするね」
「そりゃどうも。今の仕事が終わったら早速転職を考えて見るよ」
「そのためにも生きて帰れるよう、道を案内してやろうか。安いよ。一応、驚かなかったことが嬉しかったから親切で言うんだけど、断ることは考えない方がいい」
「いいね。安全な道だといいんだが」
「もちろん。悪く思わないでくれ。私にも生活があるんだ」

 そりゃまあ修理費もあるだろうしなと俺は思ったが、この出会いのお陰で、ちょっとだけ気分がよくなったのは確かだ。

「何、こういうのも旅ってやつさ。たぶんね。どっちにいくんだい?」
「あっちだ。カメラは隠した方がいいね」
「安物なんだが」
「世界的に有名な話だが、N系は眼鏡とカメラを必ずもってる。しかも非武装だ」
「なるほどね。注意しとこうか」
「これであんたが出っ歯なら言う事なしなんだが」
 アンドロイドは冗談を言ったようだった。俺はそうかいと片方の眉を上げて見せた。口にするのは別の事だった。
「気になってたんだが、君はどうやってものを見てるんだい?」
「頭は飾りだよ。必要な物はみんな胴体さ。でないと主人が気に入った奴に、気軽に交換も出来ないだろ」
「なるほどね」
「あんたアンドロイド持ってないの?」
「持ちたいんだけど高くてね」
「やっぱり未使用品がいい?」
「中古でもいいんだが」
 アンドロイドは黙った。俺はちょっと微笑んだ。
 空は相変わらず見えないが、埃っぽいのは随分減った。かわりに喧噪が増えている。足音も。灯りはまだ見えなかったが。

「暗いな」
「このあたりじゃ恒常的な灯りより、目を交換した方が安いよ。みんなそうしてる」
「ふうむ。そりゃほんとかい」
「N系は人体の改造がタブーなのかい?」
「どうだろうな。考えた事もなかった」
「おそらくはタブーだ、交換するなら眼鏡なんて必要ない」
 アンドロイドはそう言って納得したようだった。さらに歩くこと数百m。喧噪は近く、ようやく灯りが見えてくる。酒場のけばけばしいネオンサインだった。

「ここから先は大丈夫だ。また変な小道に入らない限り」
 アンドロイドは光の当たらない位置でぴたりと止まってそう言った。
「ほんとに近かったんだな」
「道を一本隔てれば危険なんだよ。聖王国はN系とは違う」
「そのようだ。で、いくらだい」
 アンドロイドは黙った。長い演算をやっているようだった。まあ、人間的な表現で言えば、しばらく考えている。俺は煙草を吸ってまった。

「一〇〇クレジットでいいよ」
 アンドロイドはそう言った。
「そりゃホントに安いな。俺はてっきり、主人になってくれと言われるかと思ったよ」
 アンドロイドはまたしばらく演算した後、音声を出した。演算をやり続けているのか、音声は少し遅延していた。
「それも考えたんだけどね。また捨てられるのが嫌なんだ。私の修理費と年間維持費は、推定するあんたの年収の一〇%を越える。維持出来なくはないかも知れない。で

も、新しい電子レンジの方がきっと安くて便利だと思う」
「いいアンドロイだな。君は」
「昔は本当にそうだったんだ。自慢の新製品さ」
 俺は煙草を吹かしながら煙を見て言った。
「野良アンドロイドはバラされても文句は言えない」
「だから直ぐに、闇に消えるよ」
「この付近にホテルは?」
 アンドロイドは即座に検索して答えを返した。
「この近くに一四,売春宿という意味なら五。アンドロイド専門の売春宿なら一つ。あんたなんで宿取ってないの?」
「来たばっかりでね。まあ、N系が宿泊しそうなホテルで一番安いホテルがいいな。案内してくれるなら三〇〇クレジットだす」
「魅力的な朝飯前だが、無理だよ。この格好ではまともなところにいけない」
「主人と一緒ならどうだろう」
「あんたはいい人だから、間違えた計算をしそうになっている。やめたほうがいい」
「人生は間違えたほうがたいがい面白い。アンドロイドはどうか知らないが」
 アンドロイドは長いこと演算した。
「いいのか?」
 音声が遅延しすぎて調子外れだった。俺は笑った。
「いいのさ」

/*/

 腕の銃は外して隠して貰った。俺は眼鏡をずらして、ネクタイを曲げ、頭を手でかきむしった後、ホテルへ向かった。案内されたホテルは築400年というところ。上

品なのは間違いないが、設備の老朽化に収入が追いつかず、時代遅れと安宿への道を全力疾走している、そんなホテルだった。

「いいね。完璧だ」
 俺はアンドロイドにそう言ってホテルに入った。
ホテルに入った瞬間、客だのフロントだのが目を丸くして俺たちを見た。フロントのスタッフの内、年かさの男が目を大きく開いて小走りに近づいて来た。

「何かお手伝いが必要ですか」
「そりゃもう。とりあえず二,三泊したいが、出来るだろうか。警察との話次第で、もう少しかかるかも知れないが」
「空室は直ぐに調べますけれども、何かご事情が」
「見れば分かるだろ」
 俺は肩を落としてアンドロイドを見た。
「物取りだった。ここからそんなに遠くない路地に、ちょっと入っただけだったんだが」
 フロントは気の毒そうな顔をした。案外本気で気の毒だと思っていたのかも知れない。
「この付近は、危のうございます。せめて先にこちらに寄っておられれば、案内なりできましたのに」
「そうなんだけどね。畜生。いや、失礼。幸い鞄と現金しか取られていない。俺のカードは生体チップで右指の中だからね。でも悔しい。なによりお気に入りのアンドロ

イドが壊されたことがだよ。訴えてやる。必ず取り返してやる」
「それは……」
 フロントは言いよどんだ。まあ盗まれたのを取り返すのは無理だろうと思っているのは明白だったが、完璧な職業上の訓練の結果として、口に出すことは出来なさそう

だった。
 俺は上を見ながら口を開いた。
「警察にはもう相談したんだ。とりあえず、これから数日は警察に毎日いって事情を聞こうと思っているところさ。ああ、こいつを修理しないと。いい店があるといいん

だが」
「もちろん、アンドロイドの店もございますよ。少々上の方になりますけれども」
「少しくらい高くても構わないさ。保険もある」
 フロントは別のスタッフと目配せした。笑顔になる。
「空室は幸いあったようです。シングルの禁煙室でございますけれど」
 最初から把握してただろと俺は思ったが、そういう演出も嫌いじゃない。俺は笑顔になった。
「仕方ないだろうね。良い機会だから禁煙してみるよ」
「それがよろしいかと思います。いえ、失礼いたしました。料金のほうですが戴冠式前後はどこも高くなっておりまして、前金で一泊七八〇〇クレジットですけれども」
「ああ、構わない。アンドロイドの店を教えてくれないか。出来れば直ぐにもいきたい。地図とかくれないか」
「分かりました。直ぐにもご用意いたします。あと、そのお姿ですと少々アンドロイドも寒うございます。すぐにコートをおもちしますので、どうぞ、お使いください」
「すまないね」
 アンドロイドが寒いというのは傑作の言いぐさだったが、見た目的にグロいアンドロイドを隠すには、まあ、コートでもかけろということだろう。俺はうなずいてコー

トをアンドロイドにかけてやった。金を支払い、地図とカードキーを持ってまたホテルを出た。

 ずっと黙っていたアンドロイドが、音声を発した。
「よくもまあ、流れるように嘘がつけるね。アンドロイドには出来ない芸当だ」
「方便ってやつさ。君の修理は優先事項だ」
「ありがとう。でも、私の予想は外れていたかも知れない。あんたの年収については特に。予想が外れたのに、それでもなんで私の主人になったの?」
「言ったろ。人生は間違えたほうが大概面白い」
 アンドロイドはしばらく演算した。
「ありがとう。あんたの役に立ちたい」
「もう役に立ってるさ」
 俺はコートをアンドロイドにかぶせて歩いた。頭のあった位置になにもないのは、コートを被っても同じ事だったが、まあ、卒倒するご婦人は減るんじゃないかと考え

た。どうだっていいことだが。
 アンドロイドの店に行き、修理するくらいなら新製品をと言う店員を断り、修理の依頼をする。機能性武本である腕の交換には取り寄せだなんだで時間がかかるという

ことだったが、頭は直ぐに、取り付けることが出来た。

「どんな頭がいい?」
 俺がきらびやかに蛍光灯で照らされ、陳列された頭……頭だけを見ながらうんざりして自分の考える事を放棄してそう言うと、アンドロイドはしばらく演算した。
「あんたが好きなのがいいな」
「並んでる生首というか、機械首に好き嫌いあるかといえば、ない」
「頭がない方が好き?」
「あったほうがいいな。俺は意外に保守的なんだ。母親にも驚かれるくらいさ」
「女と男なら?」
「どっちだっていいさ」
「保守的なんじゃなかったの?」
「そうきたか。そんじゃ分かるだろ?」
「私の股の生体部品が腐ってないといいけれど」
「女型だったのか」
「いや、セパレート。だが今のやりとりであんたが女が好きなのは分かった」
 俺は煙草をくわえた。火は店の中なので付けなかった。
 結局、アンドロイドは控えめな金額ながら十分美人で個性的、髪の毛は自動で伸びる植毛タイプを選択した。取り付けたら急に女に見えてきて、俺は人間てやつは勝手

だなと考えた。
 店を出る。隣は急に背が伸びた気がする。いや、頭がついただけだが。
 アンドロイドはコートをかぶるのではなく、コートを着ていた。
 アンドロイドは俺をまっすぐ見る。センサーとしては何の機能もない頭だが、目はきちんと、胴体のカメラに連動して動いているようだった。
 アンドロイドは、俺を見ている。
「どうだろう。少しはあんたの気に入ってくれるだろうか」
「上等なドレスを着せたいね」
「聖王国で上等なドレスはあれだ」
 アンドロイドはカメラに連動した目玉を動かして、指を指した。デパートのショーウインドーには、些か布が少なすぎる水着がある。
「きようび下着だってもっと布地はあるもんだぜ」
 俺はそう答えた。細身で小柄な女に着せたらセクシーというより、痛々しいだけの水着だ。
「あんたが保守的なのは嘘ではないのがわかった」
「脱がす苦労を喜ぶタイプなのさ。俺は」
「すまない」
 アンドロイドは恥ずかしそうに下を見た。動作的には完璧だった。
 俺は煙草に火をつける。
「なんで謝る?」
「今着ている服が、破れているから」
 俺は煙草をふかした。口を開いた。
「洒落たことを言いたいが、ネタ切れだ。謝る必要は無い。君のせいじゃない。ドレスを買いに行こう。出来れば布地が多い奴がいい」
「服の量販店がある」
「そいつは結構。だがそれにこだわらないでいい。俺の年収は想定の二倍で頼む。その範囲で自分の好きな物を買ってくれ」
「パーティの席に行くとかでなければ、量販店のもので十分だと計算している。バランス的にも」
「バランスがコストパフォーマンスなら無視していい」
「私はあんたの横に立って、その上のバランスを重視したい」

 俺はコートを着たアンドロイドを見た。随分若い顔を選んだなと俺は思った。
「女の方が高く見えてもいいんだぞ」
「主人より高い服を着るアンドロイドはいない」
 アンドロイドはそう言って、俺を案内した。俺は今後を考えて、男と答えておけば良かったなと考えた。

 服の量販店は明日に始まる戴冠式にあわせた服の大セール中だった。要するに王女が着るであろう布地が少なすぎる服と、にたり寄ったりの奴を売りまくっていた。
 保守的な俺は嫌だねえと思いながら、壁際でアンドロイドを待っていた。
 アンドロイドが選んだ服は、大人しい上に清楚なブラウスと、この店ではがんばった長さのスカートだった。着替えも選ばせ、指でなぞって支払いを行う。

 俺は黙って店を出た。手提げ袋を片手に抱いたアンドロイドが、俺を追ってくる。
この階層なら空が見える。ごったがえす道の上、ビルとビルの隙間、二つの月に照らされるのは高さだけが自慢という、そそり立つ趣味の悪い王宮だった。

「あれは王宮だ」
 アンドロイドは言った。
「だろうな。売払ったという話は聞いてない」
「明日は戴冠式がある。銀河聖王国の王女は女王になる」

 窓の位置ま変わっちゃいないと俺は思った。
「……ああ」
「パレードを見るなら案内することが出来る」
「戴冠式は見られるかな」
「中継なら。直接見るのは無理だ。王宮前広場で行われるが面したビルの部屋や席は何年も前から売り切れている」
「王女様は別嬪だからな」
「似せたほうがよかったろうか」
「君の頭のことなら、NOだ。美人にいいことはない。俺は、平凡な顔の方がいいと思うね」
「平凡な顔のほうがよかったろうか」
「今のでいいさ。人生と言う奴は、選んだ結果の積み重ねだ。間違え、失敗、なんでもあり。間違ったと思う時はある。歪な積み重ねだと笑える時もある。だからどうし

た。人生は選択の積み重ねだ、成功の積み重ねじゃない」
「失敗を肯定しているのだろうか」
「味って奴があるのさ。甘いという成功と苦いという失敗だけで評価する奴には分からない。大人にならなきゃ分からない奴が」
「私の頭には味がある?」
「あるさ。いつか君の頭が、魅力的だと言われる日もくる」
 俺は王宮から目を引きはがして言った。
「ホテルに戻って寝る」
「分かった」

/*/

 バスルームからアンドロイドが出てこない。さては漏水して故障したかと俺がベッドから起き上がって腕を組んでいると、バスタオルを巻いてアンドロイドがあらわれ

た。髪にもタオルが巻いてある。良く出来たアンドロイドだ。

「洗浄は終了した」
「腕が修理されるまでは風呂に入らないほうがよかったんじゃないか」
「技術上の問題はない。配線はシールされている。フレームは肘関節から上で別区画としてパーツが仕切られている」
「なるほど」

 さほど広い部屋でもない。シングルベッドが面積の大部分という部屋だ。
アンドロイドは俺の隣に座った。体をひねって俺を見ている。
「どうした?」
「良く洗浄した。問題なかった。中古だけど。それでよければ」
 アンドロイドが、心持ち顔を近づけてくる。
 俺は煙草を吸いそうになってやめた。この部屋は禁煙だった。だから俺は口を開いた。
「そんなことはしないでいい。あと俺は未使用品至上主義者でもない。いいんだ。そんなことはしないでも。立場が女の動きを決めるというのは、悲しい気分になる」
「私はアンドロイドだ」
「それでもだ」
 アンドロイドは下を見た。長い演算に入ったようだった。
「私にはあんたの嘘が分からない」
 アンドロイドは悲しそうに言った。俺は自分のカメラをもてあそんで言った。
「今の言葉は全部本当だ」
 アンドロイドは俺を間近で見ている。瞳がリアルに揺れている。良く出来ている。
「あんたの役に立ちたい」
「もう十分役に立ってるさ」
 俺はベッドに転がった。カメラを抱いたまま。眼鏡を外すか考えて、外してアンドロイドに預けた。
「これをそこに置いてくれ。後は自由にしていい。俺は寝る」
「まだ一七時だ」
「生活時間が不規則なんだ。職業柄。これも本当だ」
「分かった」
 俺は寝た。どこでも寝ることが出来る。いつでも眠れる。そうでなければ、やっていけない。
 眠るまでのわずかな時間に、アンドロイドが俺の背に身を寄せのを感じた。

 意識が途切れる。

/*/

 目が醒めたのはたっぷり二三時を回ってだった。俺が起き上がるとアンドロイドも起動した。目を開いて、身を起こす。いそいそとコンセントから体に伸びるケーブル

を引っこ抜いてバスタオルを巻き直した。俺を見ている。

「寝ていていいぞ」
「あんたはどこかに行きそうだ」
「正解。これはボーナスだ」
 俺はアンドロイドの胸をなぞって金を振り込んだ。

「これだけあれば、しばらくは好きにやれるさ」
「三〇〇万クレジット」
 アンドロイドが金額を読み上げた。俺は笑って窓を開けた。
「……じゃあな。君に幸運を」
「待って欲しい。着替えなければ。それともこの格好がいいだろうか」
「いや。ついてこなくていい」
 アンドロイドは表情を全部消すほど演算したあと、音声を出した。口が動いていない。
「私はまた捨てられたのだろうか」
 俺は頭をかいた。
「……捨てたつもりはないが、俺が君を雇うにあたって、いくつか君の間違った認識を修正せずに利用した事実はある」
「騙した?」
「騙したつもりはないが、誠実じゃなかった。君は不誠実につき契約不履行を言う事が出来る」
 アンドロイドに表情が戻った。瞳が揺れている。必死そう。
「騙されるのがあんたの役に立つのなら、私は進んで騙される」
「危険なんだ」
「銃を隠してある。あれを装備する」
「今、君の主人の登録情報は法的に文句ない形になっている。この街で君を野良アンドロイドと指摘出来る奴はいない。君は自由だ」
「私に自由があるのなら、壊れるまで使って欲しい。短い時間でも構わない。後二時間で壊れても、あんたが最後の主人なら満足する」
「頑固だな」
「もう嫌なんだ。一体だけなのは寂しい」
 アンドロイドに寂しさを入力したやつは全員フネから突き落としてやる。
 俺はそう誓った後、急いで着替えるんだ。ひらひらしない奴で。動きやすい服を、と言った。眼鏡をかける。こいつがないと前も見えない。

 夜中に治安の悪い地域のホテルを出るのは賢明じゃない。記憶されるし、警察の捜査にもひっかかる。ドアの外に起こさないでくださいと札をだし、俺は窓をあけてワ

イヤーを打ち込んだ。船外作業用の奴だった。
 俺はカメラを肩にかけてアンドロイドの着替えが終わるのを待った。

「いこう」
「ポニーテールでいいだろうか」
「十分だ」

 俺はアンドロイドが抱き付いたことを確認すると、窓から飛び出た。
 ワイヤーを伝って壁にぶら下がり、ワイヤーをのばして暗い路地の上に着地した。

 アンドロイドは腕に銃を仮設した。可愛い豆鉄砲だと俺は思ったが、駆け足して黙っていた。
 一度下の階層に向かう。
アンドロイドは息を切らして走ってくる。
俺の目線をアンドロイドは受け止めて口を開いた。

「問題はない。この顔や空気の出し入れは演出にしか過ぎない。故障するまで走れる」
「二、三kmで故障と言わないでくれよ」
「三〇〇kmだ」
「なら十分だな。俺の方が先に壊れそう」
 暗闇を走る。眼鏡が自動で光像変換した。
 アンドロイドは俺を追いかけて音声を出す。
「道の案内は必要だろうか?」
「だいたいは昼の内に把握したつもりだがね。確認出来るならありがたい」
「目的地は?」
「王宮。警察、警備、近衛兵、全部に見つからないで行く」
「不可能だ。上層は不夜城だ人でごったがえしている」
「不可能か。いいね。みんながそう思っているのが重要だ。そこに現れる人畜無害なN系観光客。普通にカメラもって歩いたとして、どこまでなら安全に近寄れる?」
「王宮から四kmまでなら。そこからは統合的な警備システムが起動している」
「いいね。まずはそこまでいこうか。腕の豆鉄砲は隠してくれよ」
「分かった。腕は……邪魔な判断だったろうか」
「人生は間違えたほうがたいがい面白い。アンドロイドはどうか知らないが」
「アンドロイドも、多分そうだ」
「そりゃよかった。俺たち、意外に気があうかもな」
 俺は上の階層を急ぐ。今夜最後の資材用エレベーターに飛び乗れたのは幸いだった。これに乗り遅れたら警備の穴に入り損ねる。

 アンドロイドは顔を赤くして荒い息のまま、俺を見ている。じっと見ている。
「こんな時だが、私に名前を付けて欲しい」
「名前はないのか」
「私はあんたのものだ。だから名前を付けて欲しい」
「クマのぬいぐるみみたいだな」
「たいして違いはない。どちらもおもちゃで、愛されなければ意味はなく、捨てられることを恐れている。違いは、中身があるかどうかだけ」
「もっと違いを出すべきだ」
 アンドロイドは資材用エレベータの階数表示に照らされながら演算している。口を開いた。
「私はまた捨てられるのだろうか」
 繰り返し出る主題。アンドロイドの根源的な恐怖と悩み。そうプログラムしたのは人間だろうが、俺は今、人間として腹を立てている。あの頃のように。
「大丈夫。それができるなら、こんなところにはいない」
 俺は煙草の箱を開いて片目をつぶった。残り三本か。ぎりぎりだな。煙草を取ってフィルターを潰して火を付ける。
「もう少しで王宮の近くに出る」
「名前をつけて欲しい」
「考えておくよ。世界に一つだけとは言わないが、素敵な名前を」
「あんたの役に立ちたい」
「俺の傍でたまに微笑んでくれ。それが役に立つ、だ」
「どんな頻度で微笑めばいいのだろう」
「そこはまかせる。笑ったところが、君の個性と言う奴だ」
「分かった」
 俺はカメラを叩いて構えた。エレベーターが到着する。エレベーターから出て、珍しそうに資材の山を撮影する。

 あきれたように傍で作業していた作業者が言った。
「そこは資材用エレベーターだよ。N系の人。ついでに撮ってる奴は、N系のメーカーの鉄鋼だ」
「そうなんですか!」
 俺はそう答えた後、頭を下げて王宮への道順を聞いた。恥ずかしそうに。
「急ごう。道を間違えたようだ」
 俺はアンドロイドの手を取って急いだ。アンドロイドは微笑んだ。
「あんたについて行く。壊れるまで。間違っているほうが大抵面白い」
「いいね。そう誰かに言われて見たかった」
 俺は新たに煙草を吸ってそう言った。



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この記事へのコメント

岩崎経@詩歌藩国
2012年07月24日 03:09
アンドロイドちゃんがかわいくて、後半泣けます。いじらしいです。
このふたりがうまくいってほしいです。後編待っています!
美和
2012年08月24日 02:30
リッチドールの奈々子です。宜しくお願いします。☆-(ゝω・ )ノ http://sns.fgn.asia/