リターントゥガンパレード 第21回 神々の長い旅(2)


「コンシダー・ステリが動き出したぞ」
「電光石火だ」
猫達が顔を右に左にやって走っていく士魂号を見た。

目を細めるでぶ猫ブータの隣に、燕が一匹舞い降りた。
「ブータニアス郷。いかがされる」
ブータは考える。アレはどこから出陣するにたる情報を得たのだろう。 人族への間者として送った息子からはまだ何も言ってきていない。
ブータはいぶかしみながら、目を細めたまま言った。
「あの速度には地を走る神々はついていけぬ」
「では我々の出番ですな」 燕はどこか嬉しそうに言った。
「そのようだ」ブータは言った。

言った後、きっと神々にも見えぬ味方が居るのだろうと思った。それがきっとコンシダー・ステリに誰かが何かを教えたのだろう。世界は広いのだ。だから何もかもひっくり返すためのあの船が存在する。わしが居るように。ブータは優しく笑って見せた。
「それにしてもこの砦は騒がしいと思わぬか」
「涙が出るほどに。……俺達は俺達だけではなかったのだ。もう、さびしくもなければ恐ろしくもない」燕は優しく言った。
「汝に武運を」ブータは言った。
「いや、正義こそを。それだけあれば後はいらんのではないかと、俺はそう思うのだ」
燕は高らかにさえずった。
「鳥神族、快速打撃部隊を編成する エスコート、燕神族。ワイルドウイーズル、カイツブリ神族、カワセミ神族はストライクへ」
「僕達も連れて行ってください」
小神族達が手を組んで言った。

「鳥神族の琴弓を使う者がいりましょう。我らを連れて行ってください」
燕は笑った。ささやかな正義の特権だ。味方が多くても分け前が減ることを心配する必要がない。
「ハードボイルドペンギンが居ればなんと言うかな」燕は言った。
「勝手にしろです」小神族は伝説を良く覚えていた。
「確かに。ではあのごっつい兄弟を真似るとしよう。振り落とされないようにされるがよい」

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 04と描かれた騎魂号は飛ぶようにその姿を戦場に表した。

その第一発目は、姿を見せる遙か前から、始まっている。

 92mm砲弾どころか150mm砲弾よりもはるかに重量があり、危害半径が大きな武器を騎魂号は使った。
5mほどもある超硬度小剣をぶん投げたのである。

田辺の頭上3cmを越え、にぶい音を立てて回転する剣はブロック塀をふっとばし、家の2階を叩き壊しながら、200mほどに渡ってそれ以上の損害を幻獣達に強いた。 逃げる間もなくねじ切られ、押しつぶされ、肉片を撒き散らす。

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 頭の上、3cmを巨大な金属片が回りながら飛んでいくと、人はどうなるか。
田辺の場合の正解は、咄嗟に遠坂を抱きしめてかばおうとすることだった。

一方、そうされた遠坂はと言うと、田辺の行動とほぼ同時に、発作的に田辺をかばおうとしていた。味方を売った人間の行動としては何もかも間違っていたが、本人すらも、それを自嘲的には考えなかった。 むしろこの時の遠坂は、腰くだけ、怖さに震えながら、どうにか田辺だけは守ろうと考えていた。

 厄の小さな神々は田辺を守ろうとその前に並んで前脚や手を広げた。

かくて全部が間違った。正解は今の好機に走って逃げることだった。

だが全部間違ったからこそ、光り輝くものもある。
おさげが風圧ではずれ、髪を乱した田辺は、見えもせず、意識もせず、遠坂どころか厄の神々を守ろうと手を伸ばした。

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巨大な剣が廻りながらアスファルトに突き刺さった。あんなにも巨大な剣が、しなりをあげて音を立てて揺れる。
そして全員の耳目が一点に集中した。

それは投げた小剣の代りに超硬度大太刀を抜き放ち、巨大な盾を構える巨人、騎魂号だった。たった一機で戦場を駆ける、一人の女のための軍であった。

ゴブリンのキック一発で、ぼろぼろになった厄の神々が顔をあげた。
「なんだ、あれは」
「人間が作った戦車という乗り物だ」
「そうなのか、そうなのか? わしにはどうみてもあれは……」

 貧乏神の前で、騎魂号は飛んだ。たった一機で近代のあらゆる戦争を唾棄するように、敵陣の前に降り立った。その姿は灰色の汚い迷彩に塗りたくられ、その身を兵器にやつしても、内に輝く勇気は隠しようもない、どこまでも凛々しい騎士に見えた。

それはただ太陽の思い出と共に、遠いどこからか歩いて戻ってきたのだった。
人がこうありたいと思う、幻想とともに。

貧乏神が見上げる中、巨大な騎士は言った。そこまでだ、幻獣達。
「あれは光の軍勢ではないのか。どこかに稲穂をくわえる猫を抱いた、剣を踏む女の旗があるのではないか。わしには、わしには」

貧乏神は涙を流した。
「なんとありがたい」

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コクピットの中。

速水はクラッペから外を視察しながら口を開いた。
「二人しかいないよ」
「誤報かも知れぬ。だが」

「百人が二人でも同じことだ。敵が百で、万でも同じことだ」
 後席の舞は堂々と士魂号に太刀を抜かせながらそう言った。

速水が昔、母に読んでもらった絵本の通り、速水の後席に座る王子は無茶苦茶な事を言い出した。細い一振りの剣だけを抱いてそれは言うのだ。

「弱者を守れ。速水」
ほらきた。速水の心が躍った。それでこそ舞だ。
速水の心の中で黄金の太陽が昇ったのだ。速水の瞳が光を受けて青く輝いた。

僕の心の中の空を見上げれば、進む方向は間違えようもない。あの光がある方向に進めばよいのだ。速水はそう思った。

それで死ぬかも知れないが、速水はひどく優しくぽややんと笑ってそれを許容した。
王子の下、戦場を走る白馬の気持ちを考える。白馬は幸せだったのだと思った。
速水が返事のために口を開くよりも速く、士魂号は前回のサンプリング音声を再生した。

「だからそこまでだ。幻獣達」

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戦場全域に速水の、否、士魂号の声が響いた。

 どこからともなく現われた来須は帽子を被りなおすと、士魂号に続いて戦闘に突入した。

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戦場全域に速水の、否、士魂号の声が響いた。

頬を緩めると、ウエイトレス姿の田代は……味のれんでアルバイト中だったのだった……士魂号に続いて戦闘に突入した。

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 騎魂号は戦闘を開始した。
それは太刀の形をした鋼鉄の塊がぶつかれば死ぬという、神話の時代の戦いの、華々しい復活であった。

ただ一騎の英雄が居れば、それで戦況がひっくり返る、そこには戦力比も、火力の集中の概念もない。姿を見るだけで負けたと思う、それは巨人への信仰である。

それ以外では誰も持ち上げられない、ただ大きな太刀、搬入時はブルトーザー2台で引く、ただ大きな盾、そばを歩かれるだけで死んだと思うその身体と言うだけで、それだけで戦いの趨勢が右に左に揺れ始める。小学生以下の価値観の世界に、戦場が転落する。

 第一撃でジャベリンミサイルをバラージ放出し、敵陣を滅茶苦茶に大爆発させた士魂号はその煙に突撃し、煙を払って現れると太刀を輝かせ、轟音よろしく振るい始めた。

一太刀でいくつもの幻獣をばらばにし、血の雨を降らせる。ビルもアスファルトも、真っ赤に染まる。巨大な盾でナーガの頭を叩き潰し、前進する。

だが、それは局所的な勝利でしかなかった。英雄を嘲笑うように、剣の隙間から、右左から、幻獣が抜け出した。

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 上空から見れば、あしきゆめたちは巨人をかわすように左右に分かれ、一人の青い髪の少女を踏み潰そうとしていた。

翼を広げた燕が一羽、感慨深げにつぶやいた。
「一人の女を守るか。コンシダー・ステリは何年たってもコンシダー・ステリだな」

そして笑った。俺も俺だ。この燕神族の有明様も、何年たってもシオネ・アラダのうるさいお守りなわけよ。たぶん死んでもそうだろう。そして燕は後続の鳥達に言った。
「コンシダー・ステリは強いが、迂回されればどうしようもない。喜べ。我々の出番だ。これより突撃を開始。エスコート!高度下げ、宴をはじめる!」

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 厄の神々すら守ろうとする田辺真紀の左右を、燕達が飛んでいった。
超低空をかすめるように飛び、空を飛ぶあしきゆめ、ヒトウバンだけを狙って積極空戦に入った。
その背に乗る小神族が琴弓を引き、次々と撃墜する。
矢が切れた次の瞬間には空中回転、スプリットS、プガチョフコブラ。その翼で敵を引き裂き、戦いはじめる。半数が打ち落とされたが、残る半分がヒトウバンを全滅させていく。

 田辺の近くを旋回する燕の背に乗る勇敢な小神族が、青い旗を振って田辺の行く先を示した。
次の瞬間には絵にかいたような垂直ループ。戦場へ戻る。

 貧乏神にとり、青い旗には覚えがあった。おおよそ戦場には似つかわしくない、牧歌的な旗だった。
「本当に本物だ」貧乏神は言った。
「格好いい……」思わず商売敵を賞賛して風邪の神はしまったという顔をした。

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 第二波のカイツブリ達が一斉に翼を畳むと逆落としに急降下した。
英名をヘルダイバーと言うかわいい小鳥達は、急降下している時だけはすごみを見せる。

制空権を奪われ、上空ががらあきとなったあしきゆめの頭上に、ヘルダイバー達が聞くに耐えない嫌な音を響かせて落下した。対空砲火に食われながら、逃げるヘルダイバーはいなかった。

先頭のあしきゆめ、脚の生えた人面蛇に見えるナーガが、空を狙うキメラ達が、ヘルダイバーが投下した琴弓の矢で打ち抜かれ、のたうちまわった。
先頭の行軍がとまり、交通渋滞が発生したところで後続を狙いすました第三波が入る。
カワセミ達が突入してきたのだった。各所で大混乱が発生する。

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「絶技戦用意!」
血に染まる旗だけを抱いた小神族の一人が言った。

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もはやわずかな数になった燕が歌った。

-広がる絶望の彼方から 我を呼ぶ声がする-
-待ち焦がれた死の声じゃない 生きろと言う声だった-

来須の脇を飛ぶ、カイツブリたちが歌った。

-覚えていた 覚えていた 貴方の声を-
-覚えている 覚えている 貴方の貌を-
-闇は退く-

田代とカワセミが歌った。

-永劫の暗闇の終わりには 貴方が信じる国がある-
-今また愛する 私は愛す 貴方の夢を-
-闇は退く-

小神族達が歌った。

-貴方に似た人がいた 悲しくない僕がいた-
-ひとみを閉じれば 今はもう 貴方の笑顔が蘇る-
-貴方のところへいくしばし 武運をすこし この腕に-

「闇よ、退け」

傷つきながら燕は言った。青く瞳を輝かせた。

「俺は一歩も退かんぞ」
一斉にその翼が輝いた。

真正面から鳥神族が突撃する。
突撃で脚がとまるそのうちに、前面の敵を全滅させた士魂号が、その背に襲い掛かり始めた。
山ほどの打撃を受けて変形した盾を捨て、脚で小剣を拾い、二刀流で敵陣に踊りこんだのである。

士魂号の甲高い呼吸音が、叫んでいるように聞こえた。

剣の技が冴え渡る。

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神々が完成させた阻止線と、騎魂号の圧倒的な打撃力によって、幻獣が頼む数の優位は完全に崩壊した。
騎魂号が一歩進めば幻獣が二歩下がる。士魂号が背のミサイルベイの扉を開閉させただけで、幻獣は撤退を開始した。

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 善行達が他の機体や部下と共に戦場に向かう前に、戦闘は終結した。短い戦いではあった。

田辺は遠坂と、見えてない神々を元気づけるように、もう少しです。門が見えます。
がんばろうと言った。

これには遠坂も微笑み、はいと言った後、田辺がよろけるのを支えた。
厄の神々はこれを手伝った。

門までくれば一匹の猫神がおり、猫は顔を洗って、田辺を微笑ませた。

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 厄の神々は、ブータを見てついにその時が来たと思った。
一難去って、神生最後になるであろう、一難。少しの救いは、目的を果たした事だった。

「わ、わしら遠いところの善き神」貧乏神は涙目で言った。その瞳は悲しいぐらいに茶色だった。
「そ、そう、その娘を護衛してきた」風邪の神は、震える声で言った。駄目だ。神格が違いすぎる。向こうは二千年は楽勝で生きている本物の戦神、神を狩る神だ。その上俺の天敵、家を守るヤモリ神もいやがる。奴が天敵を見間違えるわけもない。
「その娘は、その娘はだけは守ってやってください」
観念した様子で、ちょっとすっぱい神は土下座した。

 ブータは震える厄神の数々を見ると、牙を見せた。
疫病神である鼠神はひっくり返った。

いや、貧乏神は顔を上げる。
ブータはかわいそうなのでどこかで埋葬しようと拾ってきた、田辺が抱く燕の死骸を見て悲しそうに笑ったのだった。……武運はなかったかも知れないが、正義だけはその胸にあったな。願いがかなったじゃないか……友よ。
そして厄神達に背を向けた。
「よく帰還された。新しき仲間、善き神々よ。我々は仲間を歓迎する」


そして静かに言った。
「戦神は悪神だ。だがわしらは悪神ではない。悪だが悪ではないのだ。わしが悪でないと思うから。そう思って生きるから」

昔、一人の女に言われた事をブータは言った。
「我らが善き神々たるは、種族ではなし、役目でもなし。善き神々が善き神々たるは唯一つ」

ブータはかつてシオネに言われたことを今代でも繰り返して言った。どこか遠くを見る目が涙のせいか爛々と青く輝いた。

「心だ。心こそが善きとあしきを決めるのだ。誇り高い己の姿を見よ。誰かのために戦ったのだろう。汝らはすでに善き神々よ」

「おおう!」
 貧乏神の目が青くなった。風邪の神も死神も、鼠神も落し物の神も、厄の神々は瞳を青く輝かせて、一斉に生まれ変わった。

「そうか、わしらこそは善き神々か」
貧乏神改め清貧の神は言った。真っ白な髭を振るわせた。
「そうだ」
ブータはうなずいた。
「わたしも?」
落し物の女神改め寄付の女神コトリが言った。
「そうだ」
ブータはうなずいた。
「俺もか」
ちょっとすっぱい神あたらめ、食中毒を注意する神が言った。
「そうだ」
ブータはうなずいた。

「そうか、そうなんだな」
つい先ほどまで厄の神々だったものどもは喜びのあまり、踊り回った。
「これからは大手を振って真紀ちゃんを、いや、あまねく善き心を助けるのだ。理由はそう、我らが善き神々だから!」

にわか善き神々はがんばろうと唱和し、正義最後の砦に入った。


<第21回 了>