リターントゥガンパレード 第21回 神々の長い旅(1)

 傷ついた男女が、身を寄せ合い、懸命に歩いている。

その後ろには108の神々。すでに幾柱かはすでに身罷っていたが、厄の神々は輩の魂を抱いて、ゆっくりとついて歩いている。

 今町公園から歩くこと、300m。速度は遅く、時々とまる。遠坂がよろける度に田辺が支え、田辺が不運に引っかかりそうになる度に、遠坂や神々が助けようとするのだった。

その姿は笑える話から始まったにしては一所懸命過ぎて、感動とか痛々しいとか、そういう言葉ではすでに表現出来なくなっていた。

神々しくもあったのである。田辺真紀の、一所懸命さが。

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「半分、来たな」
 貧乏神は杖を突きながら、そうつぶやいた。
厄の神々はうなずいた。皆、疲れ果てていた。似合わないことをしているので、疲れている。


 遠坂に負けず劣らず、弱った鼠の神が顔をあげた。
「貧乏神よ」
「うん?」

鼠の神は力を使い果たしていた。猫に見つかったらもう逃げ切れはしまい。
鼠の神は、だが悲しくもない口調で言った。
「わしらが死んだら、世界はどうなるんだろうなあ。厄が死んだら、世界は少しは幸せになるんだろうか」

貧乏神は風に長い髭を揺らしてかぶりを振った。また、歩き出す。
「ならんよ。おそらくはもっと悪い何かが、姿を見せるようになる。世界というものはそういうものだ」

鼠は足下を見た。
「なんで、それでもシオネ・アラダは世界を守って戦ったのかなぁ」
「決まっておる」

貧乏神は振り返らずに言った。
「それでも世界を愛しておられたからだ」

そして鼠の神を見た。
「だから、がんばるのだ。シオネが愛したものの中には、わしらも含まれる。だからがんばるのだ。死して後、顔向けをするために」

どうせ死ぬなら、一歩でも進んで死ぬが良かろう。
貧乏神の言葉に、鼠の神はおうと言って脚をひきずり、歩き出した。

「あと少し。あと少しなんじゃ」
貧乏神はそう言った。

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 小厄の神々の長老、貧乏神は神々と自身の力を考え、真紀ちゃんが大きな道を歩くように仕向けた。最短ルートである。

賭けである。大きな道には、大きな神も来る。

だが貧乏神は賭けにでた。それほどまでに、疲弊は激しかった。


あしきゆめにあえば死ぬ。
善き神々でもそれは同じ。

 せめて後者であれ。

貧乏神はそう考えた。

だが貧乏神は、悲しいほど貧乏神であった。

貧乏くじと言う言葉が似合うほどに。

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「裏切り者を見つけました。我々は、運がいい」
 廃ビルの中、3階。幻獣共生派の一人が、赤い瞳を動かしながら、下の道を歩く遠坂を発見した。

隣の同僚が、にやりと笑う。まだ人間だった頃の、名残。
「怪我をしているな。すでにどこかのセクトが攻撃したのか」
「わかりません」
「……いずれにせよ、粛正は必要だ。ナカマヲヨベ」

幻獣共生派はその姿を幻に沈めながらそう言うと、長く伸び、人面蛇を思わせる姿となって廃ビルの壁から姿を見せた。

続々と姿を見せる幻獣たち。

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一方その頃。300m先の学校。

 この日、善行はのんびりと司令室でお茶などを飲んでいた。湯気で顎髭を湿らせるのが、彼の特異な性癖というか、人に言えない小さな趣味であった。

「中村くんも遊びにいってよかったんじゃないですか」
「いえ。仕事ですので」

善行はうなずいた。仕事、仕事ね。誰も彼もが、ここでは働いている。僕は仕事しないのが好きなんだが、みんなはどうなんだろう。

善行は苦笑した。
中村が尊敬の面持ちで善行を見ている。善行はそれがムズかゆい。

ダメですよ。そんな顔しても、僕の正義は、おんぼろなんです。人を率いるような、立派なものじゃない。

「戦車の整備状況は」
「01、02、04。いずれも完璧です。予備の03も整備するかどうか、整備長は迷っています」
「休ませるのを優先しましょう。出撃すればすぐに壊れるのが人型戦車です。そうなればまた不眠不休が続いてしまう」

「整備は、えらかですね」
熊本弁で、中村はそう言った。

まったくですね。善行はそう言うと、茶をすすった。
緊急通信が入ったのは、その時だった。

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 厄の神々は悲鳴をあげた。あしきゆめが、今まで見たことない規模で、今まさに暗黒の太陽、我らの真紀ちゃんを狙って姿を見せたのだった。

「どうする」
 猫一匹でにげまどう小厄の神々は、淡々と聞いた。恐怖も度が過ぎて、麻痺している。
「戦う」
貧乏神は大仰に杖を構えて、そう言った。

「俺パンチラを起こす風しか絶技ないぞ」 神の一人が言った。
「戦うのだ」
貧乏神はもう一度言った。あしきゆめは金などはなからもってなさそうだった。

「時間を稼ぐ。善き神々が姿を見せる、その時まで真紀ちゃんが生きていたら、わしらの勝ちじゃ。力を使い果たせ」

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私にはまだ名前がない。
でも、だが、しかし。私は思う。
私が生まれたその意味を。

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「04から通信。平文です」

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-this Omnipotent Vicarious Enlist a Recruit Silent System-

百九名の民間人の救難信号を受信。出撃の許可を請う。0001

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整備テントで待機する士魂号複座型が小さく震えた。
同時に、整備所のモニターが一斉に点灯し、自動的に出撃シーケンスを消化し始めた。
表示状態が待機から臨戦態勢に切り替わる。

戦闘室内に無理やりに設置された感がする石油式補助動力装置が廻り始め、大電力を供給開始、ベンチレーターが補助動力装置が発生させた排煙を機外に放り出す。電圧が定格になった時点で補助動力装置から主動力装置である人工筋肉に切り替わり、人工筋肉が機体に収められた膨大な電子装備の全部を作動させる電気を発生させる。あがる青い火花。士魂号の咆哮のような、呼吸音。

整備所との伝達ケーブル自動切断。士魂号複座型は情報リンクがなくなった時点でプログラムどおり自律活動を開始。ここより先は独立した戦闘単位になる。

眠りから覚めたその戦車は、車載無線のチャンネルを自動チューニングするとパイロットを呼び始めた。 それは迷子の子供が親を探すのに似て、どこか心をしめつける一心不乱の声だった。

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速水と舞は別々の場所で同時に顔をあげた。
舞はののみに髪を編んでもらっていた。
速水は、滝川と話をしていた。

 腕に入れた多目的結晶が、擬似音声を流し始める。鳥がさえずるような、そんな電子音。
戦車兵だけは、この音を声と認識する。我が子が我を呼ぶ声と認識するのだった。

二人は同時に走り始め、同時に別々の角を曲がってぴったりと並んで走りだした。
「聞いたか」
「うん」
「あれはロックオンされたときの手動回避コールだった」
「そうだね」

二人は走り始めた。戦車の誤動作とは、思わなかった。

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 突然昔の女と対面したような表情になって、善行はその通信内容を確認した。口を開く。
「04、情報の入手先を知らせよ」


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情報入手先不明。現在ヘッダ情報を解析中。解析終了。発:XH-834より最大の愛を込めて。宛:戦友へ。0002
最優先コード。再度出撃許可を求める。0003
パイロットの乗り組みを要請中。パイロット到着まであと2分。0004
全火器使用自由許可を求める。0005

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(今度は芝村さんの暴走ではないのか)
冷静沈着で計算高い彼女が、こと、民間人保護になると兄弟でも守るかのように必死になることを善行は危惧していた。優秀な軍人としての画竜点睛を妨げるものだと思っている。

善行は考える。家の教育もあるのかも知れないが、……いや、本物の芝村は民間人をおとりにするくらいはやるだろう。頭がいいとはそういうことだ。死んだらまた工場で作ればいいだけなのだから。ならばあれは、彼女の性格か。

頭を振る。パイロット乗り組みを要請中ということは、士魂号がやっているのか。厄介な時代になったものだ。何でも自動化すれば良いわけでもないでしょうに。善行は口を開いた。

「最優先コード……緊急事態? 民間人の保護で今までこんな高いランクの要請が出たことがあるんですか?」

中村は善行の表情を和らげるように言った。
「軍が思い出したように人道主義に目覚めでもしたんですかね。それともメーカーが間違って建前をそのまま計算機に入力したとか、あるいは、ははは、戦車が、悠久不滅の大義とやらを信奉しているとか」

 善行が笑わなかったので中村はすみませんと頭を下げた。善行は考えている。
「情報入手先不明とはなんですか?発信者のコードは軍用ではないようですが」
「士魂号が受信できる軍以外の入力情報でしょう。たとえば民間のハム無線とか。SOSとか。民間のラジオネームでなら変わったものもあります」
「そうか、複座型は通信装備が強力でしたね」

 少し考えて、善行は皆の視線が自分に集まっているのに気づいた。
そんな目で見なくても分かってますよ。輝かしい建前を信じたいのは、貴方達だけではない。

善行はマイクのスイッチを入れた。
「出撃許可を出す。パイロットの乗り組み急げ。オールハンドゥガンパレード(全火器使用自由)」

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了解した。これより出撃する。0006
本機のコールネームを設定する。コールネーム:白馬の騎士。0007
作戦名:真紀ちゃん救出作戦。0008
以上通信終わり。感謝する。0009

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「感謝する。か」
 感謝するとは米軍との共同作戦時のために自動でつけられる機械的応答だった。
善行にはそれがやけに人間臭く思えて仕方がなかった。いや、人間臭いというよりも、人間がこうありたいと思うものだ。

にわかに天使が人型戦車の肩に乗って勇ましく出撃するイメージを思い描き、善行は苦笑した。

そしてそれには触れず、ことさら明るい声を出した。
「しかしまあ、真紀ちゃん救出作戦とはまた傑作な作戦名ですね。速水くんの趣味でしょうか」

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 士魂号複座型は己を吊り下げるハンガーに命令を送ると、自身を落下させた。
土煙を上げ、腕を伸ばし手を広げ、パイロットである速水と舞を抱き上げた。
パイロットがそばにいるだけで、戦車と言うものは、無敵に見える。
それは、どんなに近代化されてもぬぐいされることのない装甲というものに対する信仰である。

レーダーが回り始め、電子の目が世界を認識する。消費する電気が跳ね上がり、周囲の空気がゆがむほど人工筋肉が熱量を放出しはじめる。200度を超えた段階で水タンクの弁が開き、冷却のための水を装甲版表面に流し始める。
立てかけられた武器を拾う。一本の超硬度大太刀、一本の超硬度小剣、展開式増加装甲。
それで全部。

光射す天幕のカーテンを跳ね上げ、正義最後の砦と大書された看板を出た瞬間に、士魂号は全力で駆け始めた。
百歩を数える前に全速に達し、一度の跳躍でボール遊びに興じる女子高生達の頭上を越え、木立を越え、塀を越えて道路に着地、そのまま、通行人の3mm横を踏み抜いて駆け出した。

設計予定値を軽く超えた快速を叩き出し、士魂号は戦車としての役割を遠いどこかに放棄して、その本来の役目に舞い戻った。

それは士魂号複座型の本当の名前であった。騎魂号はその名の通り騎魂号に戻ったのだった。つまりはそう、一人のために剣を振るう騎士の魂としての役割に。