リターン・トゥ・式神の城外伝 月光城(25)

 品のいい洋室。広めにとった間取りの床に、転がるもの二つ。
 簀巻きになった光太郎と小夜。二人とも気絶している。

 爆破された戸口から、小さな影が現れる。
 伊勢薙乃である。
 溜息をつきながら、床に眠る二人の前にしゃがみこむ。

 伊勢薙乃は無数の嘘をついている。その名は仮のもの。あどけない演技も嘘だ。
 しかし、床に横たわる二人に向けたまなざしは嘘ではなかった。

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 薙乃は父を知らない。

 母は、不幸な女だった。いもしない父について語った。父は世界一、否。世界を越えて母を大切にする人だと。
 父は仕事で世界を飛び回っているが、よく母の元へ顔を出す、と。

 幼い頃は薙乃もそれを信じた。一度も父を見たことはなかったが、母の言葉を信じた。
 見えもせず、聞こえもせず、さもいるかのように語られる、世界一優しい男のお伽噺。

 だが、人は、いつまでも幼くはいられない。
 薙乃は、いつしか、お伽噺を捨てた。子供であることを止めた。
 お伽噺を卒業してみれば、父は母を捨てた男だった。母は、そのことを認められない、弱い心の女だった。

 ある朝、母が見知らぬ男を笑顔で迎えていたのを見た時。薙乃は、その男を殺すことを決意した。
 男の後を追った薙乃は、見知らぬ世界にいることに気付く。

 それが薙乃の旅の始まりだった。

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 最初についた国は、亀の甲羅の上にあった。そこでは巻物の中に宿る賢者MAKIと出会う。そこから無数の世界を渡った。

 MAKIは姿を変え、形を変え、どの世界にも現れ、薙乃を導いた。

 旅の途中、何度も父の噂を聞いた。
 世界から世界へ旅する男。無数の危機を救った男。命を殺し機械を砕き、死者をも消しさり、概念をも殺す、冷酷非情な青い伝説。
 それほどの力を持ちながらも、たった一人の女を幸せにしない父を、薙乃は、その手で殺すことを誓った。

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 床に横たわる、光太郎と小夜。
 光太郎は、難しい顔をして寝ていた。
 小夜は、どこか悲しげに眉をひそめていた。
 薙乃は、二人の手を取り、そっと重ねる。
 二人の顔を見る。
 薙乃は、笑った。
 この二人を見ていると、捨てた子供時代を思いだす。
 今の、この暖かさを覚えておきたいと思った。

「MAKI。シナプススナップショット」