リターン・トゥ・式神の城外伝 月光城(12)


食卓に、異様な殺気が、みなぎっていた。
小夜である。眼光が鋭い。鋭すぎる。並の人間なら腰をぬかして逃げるか、俺が悪かったとあやまるだろう。
殺気を帯びた眼光を浴びて、光太郎は悩んでいた。
──俺、なんか悪いことしたっけ?
聞いてみようにも、小夜には隙がなかった。身に付いたもので、しゃんと背を伸ばし、礼儀作法を守って食事している。

眼光さえ別にすれば、静かそのものの佇まいなのだ。口の挟みようがなかった。

──光太郎さん、なんで話しかけてくれないのだろう。

小夜は小夜で、そう思っている。別に光太郎を殺したいわけではない。
単に追いつめられていただけだ。

家へ招いてもらって食事を供にするというのは、一歩前進というか、ろうまんてぃっくな状況であるべきだ。
だが、そこにおいてふさわしい行動がなにか、というのが、小夜にはまったく見当がつかなかった。

天地の草草を読み込んだ祝詞が場を清めるように。
秘密の口訣が閉じた岩戸を開くように。
おそらくは、この場に応じた適切な言葉があるはずなのだ。

だが考えれば考えるほど、それは小夜の舌からすりぬけ、小夜は、ひたすらに、光太郎のほうを見つめていた。

お互い、伏し目がちな視線が、何度目かに絡み合い、光太郎が、咳払いして言葉を発しようとした時。
ぴんぽーんと音を立ててチャイムが鳴る。

「ただいまー!」
戸口から元気な女の子の声。

「……って誰だ?」
光太郎が口に出して言う。
「お友達ですか?」
「いや、誰だろ」
がらがらと戸が開く音。ぱたぱたと元気な足音。
リュックを背負った小学生が、入ってくる。
いぶかしむ光太郎。どうすればいいかわからない小夜。
長い髪をなびかせて少女は言った。
「パパ!」
光太郎の胸へ飛び込む。
光太郎、青ざめた。死を覚悟する。
全身を硬直させたまま、ギギ、と、首だけ曲げて小夜のほうを見る。

小夜は、無反応だった。情報を処理するのに時間がかかったのだ。

パパ→父親→光太郎が父親→光太郎が子供を作った
       ↓         ↓
      母親の存在→光太郎が知らない女と子供を作った

図にするとこうである。
最後の結論が完成するまで、きっかり15秒かかった。

硬直する小夜へ、光太郎が口を開こうとした時、小夜の頭に、ようやく結論が染みこんだ。
小夜の全身に、気がみなぎった。
今度こそ本物の殺気を浴びて、光太郎の全身が反応する。時間感覚が狂う。
「こ~う~た~ろ~お~」
低く間延びした小夜の叫び。既に足袋は床を蹴り、人外の速度で食卓を飛び越えていた。

条件付けによる戦闘態勢への移行。脳内物質の大量分泌。一時的にリミッターが解除され、全身の筋力が通常の数倍となる。壬生谷の巫女のそれは、神経伝達速度さえ変化させる。

瞬時に上空へ飛ぶことで相手の視界から消え、相手が気付くよりも早く、必死の一撃を叩き込む。
だが、少女は、虚空を跳ぶ小夜を正確に捉えていた。
そして発声。

「ママ!」

戦闘に際し、心身のモードをチェンジする身体操法は、様々な流派に存在するが、たいていの場合、それなりの準備、段取りが必要である。
ギアを変えるようなもので、急にギアを上げ下げすれば焼き付けが起きるのだ。

壬生谷の巫女は、主に、後で壊れても構わないという設計思想によって、瞬間的な戦闘モードの起動を可能としている。

ところで。
そうやって戦闘機動にある者が、不意に集中が解けたらどうなるか?
高回転の時に、急に、ギアを下げたら?

ママ→自分がママ→光太郎がパパ→パパとママ→パパとママ→パパとママ→パパとママ→光太郎とままぱぱぱぱままままぱぱぱぱぱぱまま

脳味噌が無限ループに陥った小夜は、耳から血を吹きながら、墜落した。
意識を取り戻して、目を開けた時、光太郎の腕の中にいたもんだから、今度は鼻血を吹いた。

東京は今日も平和であった。

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