リターン・トゥ・式神の城外伝 月光城(9)

バトゥ・ハライは有能な悪魔祓いである。

例えば、心優しい男や女が、大挙して昨日までの隣人を殺すことがある。
それをアルカランドでは悪魔が憑くという。
人は正気で人を殺すことはない。ならばそこには、人を変えた原因があり、それこそは悪魔である、という考えである。

悪魔は人を通じてこの世に現れ出る。

科学の言葉では、集団ヒステリーと言うかもしれない。
だが、実際に、それを肌で触れたことがあるものならば、悪魔と呼ぶのも分かるものだろう。

「それ」は凶暴で、本当に優しくおとなしい人間も蹂躙し、血を欲する獣に変える。
一度現れた「それ」は、燃えさかる火のように疾く広まる。
「それ」に対して、人は、あまりに無力なのだ。

科学の言葉は、時に人を何もかも分かった気にさせる。
その言葉に踊らされれば、人は「それ」に取り憑かれるのは隙があるからだ、と、言い放つ。
「それ」と立ち向かうのは、燃え広がった火を素手で消し止めるにも似るというのに。

──であるなら。
「それ」を「悪魔」と呼ぶのは、「それ」が人智を越えたものと理解するのは、ひとまず謙虚ではある。

悪魔は、時代の変わり目に現れる。
一つの秩序が崩れ、他の秩序が取って代わるまでの間。
「それ」は混沌と共にやってくるのだ。
バトゥの故国も、そうだった。アルカランドの隣にある東欧の小国である。
圧制者が倒れ、自由がやってきたという。それは良いことばかりではなかった。
見知らぬ人が増えた。
昔からの仕事が無くなった。
同じものが同じ値段で買えなくなった。

明日に何が起きるか信じられない時。
長年かけて築き上げたものが毎日、足下で崩れ去ってゆく時。
その全てがどうしたら止まるかわからない時。

人知のおよばない事態にぶつかった時、人は、人知を越えたものにすがる。
そして、悪魔も、人知を越えたものではあるのだ。

バトゥの前で、悪魔は、妻と子を殺した。
それからバトゥの旅立ちが始まった。

神を信じるバトゥは、人を恨むことはなかった。憎むべきは、人に憑いた悪魔なのだ。
だが、どこへいっても、悪魔ははびこっていた。
あまりにもたやすく人は悪魔に翻弄され、バトゥのできることは数少なかった。

子供達が避難していた教会が目の前で焼かれた時、バトゥの心は虚ろになった。
アルカランドへ呼ばれたのは、それから少ししてのことである。

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バトゥが生まれたのはアルカランドではないが、地続きで、行き来も多いお隣さんである。
バトゥにとっては、アルカランドも、故郷である。
妻と子の面影がまとわりつく故郷へ戻ったのは、エミリオ・スタンベルクに召喚を受けたからである。

エミリオは有能な悪魔祓いとしてのバトゥを呼んだ。
故郷へ悪魔が現れるのであれば、迎え撃つにはやぶさかでなかった。
久しぶりに踏む故郷の地は柔らかく、風は甘く、妻と子の匂いがした。

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