リターン・トゥ・式神の城外伝 月光城(3)


エミリオ・スタンベルクとは国外向けの名乗りである。
マジャル語を公用語とするアルカランドでは、日本語等と同じく、姓名の順で名乗る。すなわち、スタンベルク家のエミリオは、スタンベルク・エミリオが正しい。

ベルナ伯爵スタンベルク・エミリオは、そのように伝統を重んじる少年であった。

アルカランドという小国において貴族であることに、実質的な意味は少ない。
立憲君主制と名乗っているが、行政は、ほぼ首相と政府によって処理されており、国王や貴族達の役割は、儀礼的な機能に限られている。

ただし実権とは全く違う次元で、貴族達は、国民の信頼を集めている。
例えば、人智を越えた災害に見舞われた時、国民が呼ぶ名は、領主や王族のそれであって、政府ではなかった。日照りが続いた時、洪水が続いた時。スタンベルク家の名は呼ばれた。

それで十分ではないか、と、エミリオは思う。

臣民の信頼を集めているからにおいては、立ち回りによっては利権をむさぼることもできる。エミリオの父、○○は、それを利用して貴族へ権力を取り戻そうと画策した。
愚物であったとは思わないが、独力で世界の趨勢に逆らい、時計を巻き戻すほどではなかった。

結果、今、父は病床にあり、思い通りにゆかぬ全てを罵っている。

醜い、と、思う。
あさましい、と、思う。

時代が変わったのだ。古いものが消え去るのは当然のことだ。
静かに、敬意をもって遇されるのであれば、それこそが望むべきすべてではないか。

過去に囚われた父を間近に見て育った息子は、潔癖に育った。
窮屈な規範を背伸びして着こなし、常に臣民の希望たらんとした。
かつて一度も存在しなかった理想の貴族を思い描き、ことさらに、それを追い求めた。

神隠しの報を聞いた時、エミリオが思ったことは、これこそが貴族の誇りを見せる時だということだた。

それ故に、こともあろうに、捜査を国外に委譲するとの報を聞いて、エミリオは怒り狂った。

スタンベルクの血は、闇を宿す。
アルカランドが、まだキリスト教国でなかった頃の神。現在となっては悪魔と呼ばれるものを、スタンベルク家は代々育ててきたのだ。

高貴な血筋にありながら、スタンベルク家が異国の血の混じった姫に権力闘争で敗れたのも、元はといえばそれが原因だった。

父は、悪魔の力を使えば一族の権勢を取り戻せると信じ、そして失敗し、心と体を病んだ。
エミリオは、それ故に悪魔を嫌い、自分の代で封じるつもりだった。

だがマーコ姫の決断は、エミリオに悪魔を使うことを決心させた。
誇りのために、たやすく自分の幸福を捨て去る性格。それをこそ父が案じ、この世の富を残そうとしたことを少年は知らない。

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