裏マーケットボーナス:リワマヒ国(1)

 谷口は半ば雪に埋もれた少女をあわててかきだして抱き上げた。
ここ最近、決して見せなかった、動きではあった。工藤がちょっと涙ぐむような、ださいとしかいいようのない緑色のブレザーを着ていた頃を思わせた。

「だ、大丈夫ですか」

谷口は抱き上げた少女が咲良並に軽いことに衝撃を受けた。
意識を取り戻したら近年のダイエット志向がいかに健康に悪いかを2時間ほど説教しようと考えながら、顔の雪を指先で払い、髪についた雪をふーと吹いて払い、どんだけ大量の肺活量があるのかを、周囲に見せ付けた。

「工藤、何泣いているんだ」谷口は工藤を見て変な顔で言った。
「す、すみません、すみません……」
工藤、手で目を隠してそう言うと、谷口は少し微笑んで言った。
「大丈夫だ、しなせはせん。今すぐ病院に戻ろう」
「はい」
工藤は目の端の涙を指でぬぐってうなずいた。谷口は、優しく笑った。
「なんならお前も背負ってやろうか?」
「遠慮します」
「航なら遠慮せんところだが」

工藤、両手で少女を持つ谷口の頬を引っ張りたいと心底思ったが、もう随分そんなことはしてなかったので、出来なかった。

谷口はそんな工藤の気持ちに気付かず、少女の顔を見ている、ひどく端麗だったが、彼はいや、隊長のほうが美人だと、忠犬のようにそう結論付けた。どんなにひどい人でも飼い主(もとい、家で一番構ってくれる人)が一番なのは谷口とて同じであった。

少女の犬耳が、揺れた。
「なんだこれは」

少女の犬耳をひっぱる谷口、少女がうめいたので、谷口はあわてた。
「い、いかん。いかん!」

いかんことをしているのは谷口である。工藤はバカ、やめろと思わず谷口に言った後、二人で見詰め合って気まずい気分(ここ最近、そんな軽口の言い合いもしてなかったのだった)になったあと、二人で運びましょう、そうだなと、ひどく事務的な話をして、病院に戻った。

それで歴史が、狂い初めていた。

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「横山!、横山」
谷口が口の端から泡を出して部屋に飛び込んできた時、横山は丁度、咲良を殺して自分も死んだら、谷口は自分のことを覚えてくれるかなと思っていたところだった。

顔をぼんやりあげる横山。谷口が自分の名前を呼んでいるので、横山は目に涙を浮かべた。

「リンゴむいて目にしみるとは、お前変わっているなぁ」
谷口がそう言った瞬間、後ろの工藤が首をしめあげたくて手を震わせた。

「ち、違いますっ」
横山が言うと、谷口はかわいいやつだなと思った後、言ったら殺されるなと思って別のことを言った。
「すまんが一人、面倒見てくれんか」
「でも隊長の面倒はだれが」
後ろの工藤が、冷静にコメントする。

谷口は考えた。この人物、元来は走った後で考えるタイプである。石田咲良という彼以上の走った後で考えるタイプの人間がいたので、谷口はバランスとるためにそうならないようにしていたのだが、飼い主不在では、とりあえず走って見るタイプに戻っていた。

「村田さんを呼べないか。軍人辞めてるが」谷口の貧弱な人脈のなかで、一番ましそうなのを谷口は探してきた。目を三角にする工藤。
「自分で退役させたくせに」
「あの人がきずつくと思うとな」
「じゃあなんで私や野口くんは軍に残したんですか」
「俺たち友達だろう」
谷口はここ最近言ってなかった言葉を言った。工藤は顔を赤くして、横山は異変に気付いて谷口の顔を凝視していた。
「村田さんは友達じゃないんですか」 工藤の声は、冷ややかだった。
「友達だが女性だ」 胸を張って元気に言う谷口。
「横山は?」
「奴は特別だ。昔からの付き合いだからな」

工藤は谷口を完膚なきまでに蹴り倒した。

「死ね、女の敵」工藤は谷口を蹴るだけでゆるすつもりは毛頭なかった。
「まて、どういうことだ」
「どーいうもへったくれもあるか! 死ね、死んで詫びろ!」首をしめがて本懐を達成する工藤。これだ、ずっとこれがやりたかった。次は野口にしようと思った。この人も変態である。
「まて、俺が悪かった」とりあえず詫びる谷口。
「やっぱり自覚があったか!」工藤逆上。
「なんのことだ!」谷口はわめいた。

涙を拭く横山。涙がとまらず、横山はぼろぼろ泣いた。彼女が欲しかったのは、他のなんでもない、その程度のやりとりであった。

あまりに横山が泣くので、工藤と谷口は手をとめた。二人で横山にあやまりだした。

「な、泣くな。俺が悪かった、俺が悪かった!」谷口、全盛期を思わせる詫びっぷりである。この人物の全盛期は出世とかなんとか以前で、石田咲良の面倒を航や横山と見ていたころである。出世や、能力と全盛とかは、いささかの関係もないのであった。

「特別な奴だからいいんじゃないのか」工藤、谷口を横目に冷たく言う。咲良以外に何人特別がいるんだとか、自分はその中に入ってないのとか色々心の中を嵐が吹き荒れていた。
「お前、性格悪いぞ」谷口は言ったそばから殴られた。
「あーどーせ悪いですよ。最悪ですよ。すねてますよ」
「工藤ぉー、お前までそんなになったら俺はどうすれば」
「知るか、バカ、謝れ、みんなに謝れ」
「分かった。かならず詫びる、だから、な」

工藤は谷口の目を見て許した。工藤は甘いのだった。昔の思い出が、工藤を許させる気持ちにさせたのかも知れぬ。
「菅原さんと吉田さんと渡部さんと佐藤くんと鈴木さんとは連絡がとれます。村田さんは、2時間くらいください。他もすぐあつめます。野口は1分で来なかったら絶交です」
「よし!」