電網適応アイドレス<Hello new world>(3)
最近アイドレスはトップページしか見ていない。
アイドレスが怖くて仕方なかった。人が密告しあっていて、勝った共和国でも分け前をめぐって争いがおきている。それが嫌でこわかった。
なんで仲良くすることはできないのかなあと、フリースクールの中を意味もなく走りながら、ちょっと泣いた。
「泣くことはないよ」
そう声が聞こえて、私はびっくりして立ち止まった。
ベンチではお化けのように太った猫が一匹、椅子の上に座っていた。
「心が曇ったら、澄んだ空や輝く星を見なさい」
猫がそうしゃべったので、びっくりした。
あとずさりしたら笑い声が聞こえた。傍のにれの木の木陰から、大きな人がふわりとでてきた。
「心が曇ったら、澄んだ空や輝く星を見なさい。貴方の澄んだ空や輝く星が、それが何かは知らないが」
走って逃げた。
「センセイ、センセイッ」吹雪センセイが、いた。抱きついて後ろに隠れた。
「どうした。後藤」
「怖い人が」
大きな人が、猫に手を振った後でゆっくりと歩いてきた。
「やあ、吹雪くん、元気そうでなによりだ」
「東郷さん」
「慕われているようでなによりだ」
吹雪センセイは、少しだけ嬉しそうに笑った。
「後藤、この人はセンセイのセンセイだ。見かけも性格も悪いが悪ではない」
「善なる側だと言いなさい。トーゴです。よろしく」
私は大きな人を見つめた。
「なにか?」大きな人は言った。
トーゴは八神くんのセンセイの名前だった。
「トーゴ、トーゴー?どっち、ですか」
私がそう尋ねると、大きな人は微笑んだ。
「昔、そういう名前の犬がいたんだよ。バルトと、トーゴ。村を救うためにアラスカを走った」
「アラ……スカ?」
「北米、北アメリカの北西の端、寒いところだ。ワクチンがなくてね。村の子供がたくさん死にかけた。移動手段が、当時はなにもなかった」
トーゴさんは、雪の中を見るようにして口を開いた。
「でもあきらめなかったから、犬を使った。犬ぞりだ。子供たちの命は犬たちに託された」
トーゴさんがずっと黙っていたので、私は吹雪センセイの後ろから声をかけた。
「どうなったの?」
「犬はがんばった。村は救われた」
トーゴさんは口だけを笑わせてゆっくりと言った。
「私の愛称は偉大な海軍の指揮官ではない。その指揮官の名にあやかって付けられた、人の友たる犬の名だ」
「トーゴというわんわんは知って……ます。同じかどうか知らないけれど」
トーゴさんは微笑んだ。
「まだこの思い出を覚えているご同輩がいるのは嬉しい限りだ。貴方が名前だけでも覚えていてくれて嬉しい」
アイドレスが怖くて仕方なかった。人が密告しあっていて、勝った共和国でも分け前をめぐって争いがおきている。それが嫌でこわかった。
なんで仲良くすることはできないのかなあと、フリースクールの中を意味もなく走りながら、ちょっと泣いた。
「泣くことはないよ」
そう声が聞こえて、私はびっくりして立ち止まった。
ベンチではお化けのように太った猫が一匹、椅子の上に座っていた。
「心が曇ったら、澄んだ空や輝く星を見なさい」
猫がそうしゃべったので、びっくりした。
あとずさりしたら笑い声が聞こえた。傍のにれの木の木陰から、大きな人がふわりとでてきた。
「心が曇ったら、澄んだ空や輝く星を見なさい。貴方の澄んだ空や輝く星が、それが何かは知らないが」
走って逃げた。
「センセイ、センセイッ」吹雪センセイが、いた。抱きついて後ろに隠れた。
「どうした。後藤」
「怖い人が」
大きな人が、猫に手を振った後でゆっくりと歩いてきた。
「やあ、吹雪くん、元気そうでなによりだ」
「東郷さん」
「慕われているようでなによりだ」
吹雪センセイは、少しだけ嬉しそうに笑った。
「後藤、この人はセンセイのセンセイだ。見かけも性格も悪いが悪ではない」
「善なる側だと言いなさい。トーゴです。よろしく」
私は大きな人を見つめた。
「なにか?」大きな人は言った。
トーゴは八神くんのセンセイの名前だった。
「トーゴ、トーゴー?どっち、ですか」
私がそう尋ねると、大きな人は微笑んだ。
「昔、そういう名前の犬がいたんだよ。バルトと、トーゴ。村を救うためにアラスカを走った」
「アラ……スカ?」
「北米、北アメリカの北西の端、寒いところだ。ワクチンがなくてね。村の子供がたくさん死にかけた。移動手段が、当時はなにもなかった」
トーゴさんは、雪の中を見るようにして口を開いた。
「でもあきらめなかったから、犬を使った。犬ぞりだ。子供たちの命は犬たちに託された」
トーゴさんがずっと黙っていたので、私は吹雪センセイの後ろから声をかけた。
「どうなったの?」
「犬はがんばった。村は救われた」
トーゴさんは口だけを笑わせてゆっくりと言った。
「私の愛称は偉大な海軍の指揮官ではない。その指揮官の名にあやかって付けられた、人の友たる犬の名だ」
「トーゴというわんわんは知って……ます。同じかどうか知らないけれど」
トーゴさんは微笑んだ。
「まだこの思い出を覚えているご同輩がいるのは嬉しい限りだ。貴方が名前だけでも覚えていてくれて嬉しい」