リターントゥ神々の宴(17)

 光太郎は、泣いていた。
この頃の光太郎は満足に文字もかけない。ようやく、9歳にしてはじめて、月子という漢字を覚えた頃だった。
だからバカと言われることは慣れていたが、家族旅行にもいったことがないと翔に言われたのは悲しかった。くやしいではない。悲しかったのだった。彼には兄以外の家族は事実上いない。
祖父は優しいが家を空け気味で、母は年に数回見ればいいほう、父親は仕事にかかりきりだった。たまに帰ってくる時があると光太郎は、自室の中に息を潜めて隠れていた。
兄と二人で公園に行くくらいしか、光太郎には経験がなかった。それですら、兄の体調が思わしくないとすぐ延期になった。

兄ちゃんが自分のことを第一に考えてくれているのは分かっていた。
自分が文句を言えば兄が悲しむとも思ってもいた。くやしいと思えばなおのこと、兄は悲しい目をすることだろう。悲しい顔をすれば兄は苦しむ。じゃあどうすればいいのか小さい光太郎にはなにも分からなくて、だから彼は、泣いていた。

晋太郎は誰かをうらんだりうらやんだりするようには弟を教育していない。
それは魔術師の第一の素養であった。素直に物事を見て、世界の理に逆らわず、決して私利私欲には使わない。
晋太郎は自分の残り寿命では到底かないそうもない己の夢を、いつかは光太郎が祖父を越える偉大な魔術師になると信じており、だからいつも、つとめて人の心の暗がりを見せることはなかった。
そんなものを知るのは、もっと大きくなって、もっと一杯優しさを知って、どんなことがあっても人の心の光を忘れえぬようになってからでいい。晋太郎はそう考えている。本音としては、一生幸せであって欲しいなどと考えていた。

光太郎は感受性が強い。理屈や勉強とは全然関係ないところで光太郎は晋太郎の願いや思いを理解しており、そうありたいと思っていた。

 いつのまにか、祖父の家にいた。
いつもなら兄のところに逃げ帰る光太郎だが、今はそう、兄にこんな顔を見せたくはなかった。兄が払い続ける苦労を思い、それでも足りないと思っている自分の欲深さを怖れた。

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 月子はこの日、光太郎に朝からつき合わされてくたびれ果てて、疲れて畳の上で寝ていた。眠っているわけではない、ただ横になって、真新しい畳の匂いをかいでいる。不思議な感じだが、まがまがしいとは感じなかった。

光太郎は優しいが、光太郎よりもっと小さい月子の体力を考慮できるほど、思慮深くはない。

 微笑む月子。月子はそういうところも含めて光太郎が好きだった。
月子は顔を横にして英太郎家のさして広くもない庭を見た。どこかに光太郎の影でも落ちてないかと探していた。そこに泣いている本物がいて月子はびっくりすることになる。

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