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zoom RSS リターントゥ神々の宴(4)

<<   作成日時 : 2006/08/25 01:51   >>

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 泣きじゃくる子は必死に泣いていた。ただそれだけが生き残るための方法だと言う様であった。
英太郎は泣きじゃくる小さな娘子を抱いて歩きながら考える。
いくつもの人死とそれを終わらせるための殺戮と。その後に残ったのがこの子の泣き声だけなら。なんとむなしく、また悲しいのだろう。世界は悲しみに満ちている。

”神は上を、魔術とは超常を、単に示すだけの言葉である。”

英太郎の耳の奥で、低い声と共に言葉が思い出された。それは彼が魔術師になる前、彼に再生技術の腕ではなく、銀の腕を与えた人物が言った言葉だった。

”「それ」が優れていて、「それ」をそ知らぬ者が見れば魔術になる。”
”「それ」は善悪に関わらず、「それ」が偉大なものであれば神である。”
”魔術とは単に知らない技術のこと。”
”神とは単に偉大なもののことである。”

太陽は弱く、昼でも暗く、人はそれゆえに道に迷い、行くところを誤っている。

英太郎は泣きじゃくる子を抱いて大昔を思い出すと、魔術を一つ、行使した。
それは大昔に彼が仲間と共に歌った歌であり、今はもう誰も使わなくなった魔術であった。

<北山にたなびく雲の青雲の、星離り行き、月を離れて>

にわかに昼の月が輝き始め、泣きじゃくる子は驚いて泣くのをやめた。
驚いたのは月の輝きではなく、英太郎の豊かで優しい歌声にであった。
英太郎はにこりと笑い、この地に残った最後の魔力を使った。歌ったのである。

<月読の、光りに来ませ、あしひきの、山きへなりて、遠からなくに>

涙の跡も残る子の耳元で、英太郎は静かに告げた。月子。それがその幼子のあたらしい名前、そして運命であった。
大丈夫。もう一人じゃないよ。英太郎は言った。太陽は弱くても月がいざなう。その先では君のために新しい太陽を作ってあげよう。

太陽が弱ければ作ればいいんだ。英太郎はそう言って優しく笑ってみせた。

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1999年 4月21日

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 玖珂光太郎は勉強が嫌いどころではない9歳の子供である。無闇に元気で腰に拳を当てて胸を張るのが大好きだった。授業の最中に突然立ち上がって走ったりする、そういう子である。

彼は漢字がかけない子であり、足し算引き算までは出来るが掛け算があやしい子であり、とはいえ別に、困ってはいなかった。

光太郎の父も母も自分の仕事に夢中で息子を省みず、教師は問題児対応以外のなにもせず、だから光太郎は、困っていない。

光太郎は授業に飽きたので学校を抜け出して走った。走るのは特別速い。
手を広げ、びゅぅぅぅんと言った。周囲の風景が流れるように飛ぶように走り、慣れた足で高校へ行った。有名進学校で、3駅離れていた。そこには彼のたった一人の兄がいて、だから光太郎は、彼のところへ行っている。

 光太郎はいわゆる可愛そうな子供ではなかった。勉強の出来や言うことをきかないからといって人の幸不幸は決まることはない。幸不幸は本人が決めること。光太郎は自分の幸せを確信していた。だから幸せであった。

彼の幸せの源泉は何より彼についている味方のせいだった。彼には味方が多かった。
公園のホームレス達は彼が泣いているとあれこれ世話を焼いたし、パン屋で働くおばちゃんはたまにパンをくれて、挨拶しないと彼の頭をぶっ叩いた。リストラされてベンチに座るサラリーマンは、光太郎が不審者に絡まれていると交番にすぐ連絡をしていた。
古くからこの界隈に住む中国系の老人は、光太郎に太極拳を教えた。所謂朝の太極拳体操ではない、稲妻のような速さで地面を踏み鳴らす、両手自在の拳法であった。

何よりも、彼には兄がいた。優しい優しい、兄であった。
勉強は必要になったらするものだよというのが、その兄の言であり、その兄は師であり祖父である大魔術師から、その言葉を受け継いでいた。

光太郎は家に帰る事はない、兄のいるのところが光太郎の帰るところだった。

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