ふるいふるいでんせつ

/*/

いとかしこきメイデアの姫君、何も持たず、ただ弱者のため涙を流したる無力な女なり。
されど、いとかしこきメイデアの姫君は心に耳を傾ける器量あり。
心に耳を傾けるを恥といい、いとかしこきメイデアの姫君は恥を知る。
無力を恥じ、同情の涙を恥じ、裸足のまま山々を駆け、闘争をはじめたり。

 世の姫君が百万あれど、恥を知るものただ一人。民草に歌われし伝説の者。

かの姫君、踊る者、黒き暴風の神を従え、敢然と戦いし。
 その後裔こそ英雄なり。

万難を廃してただ一撃、ただそれだけをする存在なり。


/*/

「……もう泣くのはおわり。いつもの通り。正義の旗を打ち立てなさい。慈愛の戦士」

 石だけを積んだ粗末な墓を前に己にそうつぶやくと、地面に突き立てられた夜明けを呼ぶただの長い棒、銀の剣鈴を引き抜き構え、剣の乙女はゆっくりとした足取りで丘を降り始めた。青に輝く可憐な鎧も凛々しく、編んだ金の髪が、深い兜に隠れた。

 丘の後ろから、前脚に輝く鍵戈を握り、担いだ兎達が続々と現れた。またたくまに丘は輝く穂先で埋め尽くされる。その数は1万2千であり、兎神族の全てであった。

それはずっと、まっていたのだ。

慈愛がついに人の形をとって剣鈴を取り、この空を覆うなにもかもと闘争を再開することを。

兎たちの鍵戈は使い手の心を汲んで内より燦然と輝きだした。兎の軍勢は乙女の横顔だけを頼りにその背に従って丘を降り始める。

 物を言う馬にまたがった兄弟の騎士が、手綱を引いて口を開いた。
「みつけたぞ兄者」
「おお!」

長さ5mを越える重馬槍の先に小さくはあるが誇らしげに旗をつけ、兄弟騎士は剣の乙女の左右についた。
その小さな旗こそが、ただ今からこの大地を席巻するであろう旅団の旗であった。

 稲穂をはむ猫を抱いた、剣を踏む女の旗である。
およそ戦場にはにつかわしくもない、ひどく牧歌的なその旗は、ここより先、ほの暗い闇の地、戦場を彩る黄金の炎の中、いたるところで散見されることになる。

「俺は、俺はぁ感動したぜ!兄者ぁ!」
「我らはエイジャ兄弟、貴方の意気に、心、震えました」

 兄弟は同時に馬を飛び降りて膝をつき、剣を抜くと差し出した。
「願わくば、我らを貴方の騎士に叙勲してくださいませ」
「俺たち、一生懸命はたらくぜ」

「愉快な奴等。私はお姫様でも、領主でもない。仕官するのなら、別になさい」

「誰だろうと」
 ファイは、セイは、晴れ晴れとした笑顔を向けた。
「我らが剣を捧げる者が我が主君。貴方が足を踏み入れたところが、我が戦場」
「それが、不思議の側の大河の向うでも?」シオネは堂々と言った。

 兄は淀みなく言った。
「幽霊騎士として名を馳せましょう」

 シオネははじめて笑顔を見せた。
「それは無理ね。貴方達はおひさまの光に似てるもの。どんなに嘘をついても、せいぜい、黒ね。黒騎士を名乗りなさい、エイジャ兄弟」
「御意」

シオネは差し出された剣を輝く拳で叩き折ると、驚く兄弟に言った。
「音を出さないなまくらではあしきゆめは切れないわ。ソロンギル卿、武楽器を用意、火の剣鈴と、氷の剣鈴をこの者達に」

「そして闘争を再開する! ここより先、いつまでもいつまでも我らの後裔が、己が慈愛を誇れるように!」