ターニの帰還 OPセレモニー

 コージ・コウは海辺で海を見ることがある。
天気のいいときも悪い時も、風の強い時も日が照る時も、そんなことにはお構いなく、思いつけば足を引きずって海辺に立ち、そして、本人以外には誰にも分からない満足が行われるまでずっと、たたずんでいた。

 ある人は海の向こうにある故郷を想っているのだという。
ある人は海の女神様に魅入られたのだと、噂した。あの人はああも綺麗だから、だから女神が、自分の国に呼んでいるのだと。

 コージ・コウは黙して何も語らない。
ただ、時々、傷でも痛むのか、ひどく顔をしかめることがあった。

/*/

 エーという漁師の娘がいる。まだ子供だから、海辺で貝やゴカイを見つける、そんな仕事を任せられていた。
 成長期に不漁が続いていたせいか、背は低く痩せており、そして少々、病があった。
時折熱を出して、そしてうわごとを言った。うわごとは死者の国とされる海の底の宮殿の話が多かった。
そんな時は彼女の母親が、海の女神が娘をさらっていかないようにと熱心に祈るのが常だった。

 身体が丈夫でないことから数年後の嫁入りが危ぶまれていた娘だったが、それでもエーは家族に愛されてはいた。その兄ビーが、その代表である。ビーは肌浅黒く、体格は飢狼のよう、背は高い妹よりはよほど価値のあると目される少年である。

 その日、ビーは伸びた髪を結わえ、釣り船の修理を手伝うコージ・コウに声をかけた。
寡黙な漁師の息子らしく、ビーは半年もいるコージ・コウに声をかけたのも話をするのも。これがはじめてである。

「あと10期もすぎれば」
 ビーは子供にさとすようにゆっくり言った。コージ・コウはまだ良く言葉が分かってないと、ビーが想っていたからだ。

コージ・コウは小さな桜貝を集めて作った腕輪をつけた左手をあげて板を支えながら、うなずいた。
ビーは石槌で木の鋲を打ちながら、口を開く。
「お前はこの村の一員だ」
「そうだね」ビーが内心驚くくらいに、コージ・コウは流麗に言った。
内心の思いを隠しながら、口を開くビー。
「俺の妹を嫁にやる。身体は弱いが、お前は足が悪い。釣り合う」

コージ・コウは渡部より小さく見える、この腕の桜貝を集めた少女を思ったが、何も心に感じはしなかった。凍てついた心は、一度や二度の笑顔で戻るわけもない、だからその時は、ただ事務的に口を開いた。
「妹さんはまだ小さいよ」
「10期もすればそうではなくなる。そうすればお前は俺の弟だ。俺は弟に村でも誰も持っていない立派な船をやれる」

この頃、この地方の婚姻は親が決める。親でなければ準親権者がこれを行った。
婚姻は取引であり、釣り合わないなら財貨が伴った。
これをさして後世の人は自由意志なき結婚とか、女を財産として扱うとか言う。
本人の意思で結婚が決まることはないと。

だがこれは一面的な物の見方である。誰にでもあるである家族の情を、意図的に無視しているとしか思えない。例えばこの兄のように、妹(家族である女)の心情を組んで交渉に出ることは、多かったように思える。今と昔は色々違うが、人の情までは変わっていないだろう。

話を、戻す。
 エーは出産に耐えられないかもしれない。あるいは育てきれずに死ぬかも知れない。これは大きな瑕疵である。だからビーは、上等の釣り船を贈って釣り合いをとろうとした。
これがあればやもめでも子を育てられる可能性は大きく高まる。
貧しい漁村の漁師には、いささかどころでない財貨だったが、ビーはそれを申し出た。

 ビーよりもコージ・コウのほうが表情を隠すのはうまい。というよりもコージ・コウは何も思っていない。
ビーは交渉としてはまずいことに、ついに顔をゆがめて心情を言った。

「妹を遠い村に送り出すのは忍びない。あれは身体が弱い。近くにおきたい。他に必要なものがあれば、持ち合わせはないが用意したい」

 コージ・コウは、はじめてビーを直視した。ビーの言葉は昔、サーラを抱いて彫像のようにたたずむターニに言った言葉と同じだった。

 ビーが汗を流すまで待つ間、コージ・コウはビーを見つめ、その後で口を開いた。

「分かった」

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 0