ガンパレード・オーケストラ緑の章(65)

夜の厩舎の中では、一騒ぎが起きている。
「どうしたの、そんなところで」
 倖が優しくそう言うと、コガの毛皮の中に隠れていた結城火焔は何でもないわよと叫んで、そして、小さな声でもう一度なんでもないと言った。
 倖は相手の表情と声を聞くだけで、大体の事情が分かってしまう。たいしたことが起きた訳だと微笑し、火焔に優しく口を開いた。

「どうしたの?」
倖は火焔を哀れんでいる。不幸で哀れな子だと、そう思っていた。実際それはその通りで、火焔には人間の友達が極端に少ない。
哀れみももたずに普通に話せるのは源と、英吏くらいのものだった。
英吏は倖の基準からすると人間でないので、実際人間の友人は源だけである。

「だから、な、なんでもない」目を他所に向けて言う火焔。
「そうなんだ」倖の返事は短く、そして優しい。
「尋ねないの?」火焔は、不思議そうに聞いた。自分だったら食いついて離れない話題だった。
優しく微笑む倖。この娘に、礼儀や道理を教えるのは無理だろうと思う。火焔は頑張って人間のふりをしているが、どこか根本的な部分で「分かってない」のだ。人間ではなく雷電だったら、良い雷電になれたとろうにと倖は思い、笑った。
「人が嫌がることはやりたくない」
倖が厭味を含めてそう言うと、「う、うん」と良く分かっていないくせに火焔はうなずいた。
笑う倖。

黙っていると火焔の方からしゃべり出した。
「私、好きって言われた」
「誰に?」倖は静かに聞いた。英吏かなと思う。英吏、あの化け物はさすがに人間らしさなど微塵もなく、好意を向けられ、生きる意志が強ければどんなものでも受け入れて一族の中に組み入れている。
あれは相手が幻獣とでも交じわり、子孫を残すだろう。倖はそう理解している。あれは自分の形質を遺伝子ではなく、次代に確実に残す得体のしれないシステムの上に乗っている。

「りゅ、竜造寺に」火焔は、小さく言った。
あの坊ちゃんは何を考えているのかなと、倖は考える。
竜造寺の家は名門だ、それがこの狼娘と交際しようものならそれだけで大スキャンダルものだった。それも両親の力で、もみ消すのだろうか。

 あの人はやめておいた方がいいよと言いかけてやめる倖。急な反対に、依怙地になられるとまずい。考える倖。あの坊ちゃんはたわむれか遊びのつもりかも知れないが、残酷なことをする。妹を助けてくれたんで見直してたんだがと考え、そして、不意に口を開いた。

「それは困ったな」
火焔が不思議そうな顔をする前に、倖は言った。

「僕も君のことが好きなんだけど」

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