水素の心臓 軍神物語の中の絢爛舞踏祭

 ショーゲ・アニサリ少尉は、気が気でない。

夜明けの船。ここは危険すぎると、考えている。

見れば軍神とまで呼ばれたマサヤ・タカツキ中佐が、すれ違うヨーコ、あの危険な女に微笑まれて鼻の下を伸ばして小さく手を振っており、アニサリ少尉は一層ここが危険だという思いを強くした。


 この船には、美人が多い。

 だから嫌だったんだと、あわてて水槽の傍に隠れて書類を挟むバインダーを抱きしめて思うアニサリ少尉。きっと中佐はまた赤字の契約を取ってくるに違いない。赤い目が、潤んだ。

「どうしたの?」
「ひっ」

耳に誰かの息が当たって思わず腰が抜けてしまった。振り向くアニサリ。不思議そうに緑色の髪をした褐色の少女が立っている。

「貴方は」
「マイケル、だけど」

 赤くなった耳を隠すアニサリ少尉。バインダーが、落ちて転がっていった。
拾うマイケル。アニサリに差し出す。

「どうしたの?」
「なんでもありません」
耳が弱点とは言えず、アニサリ少尉は悔しい思いをした。
ここは危険だ。この人物も、美人な気がする。

「目、開けてるのはじめてみた。綺麗な色だね」
 アニサリ少尉はあわてて目をつぶった。

首をかしげるマイケル。なんだろう、この人はと、考えた。
今度知恵者に聞いてみようと考える。マイケルはハリーの次に大人の中ではノギが好きで、ノギの次に知恵者とサウドが好きだった。いずれも、深い見識を持っていると思っている。

「何で目をつぶるの?」
「バカにしないでください」
 片手を伸ばすアニサリ少尉。バインダーを受け取って、走っていく。

首をかしげるマイケル。

「変なの」

と言った。

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 アニサリ少尉は嫌だった。軍神タカツキの傍に女性がいるのが嫌だった。赤字になるし、別の意味でも嫌だった。金髪だけじゃなく縮れ毛にも微笑むなんて。裏切られた気分になる。

まっすぐで黒い自分の髪が嫌だった。

バインダーを抱いて全速。そのまま、抱きとめられた。

「少尉。艦内では走っては駄目だぞ」
 タカツキ中佐だった。美人にあった時に見せるちょっと気取った声。
水素の心臓のせいで赤い瞳になってしまった目を開けて、にらむアニサリ少尉。
涙が熱で蒸発して湯気が立っている。中佐は視線に焼かれつつも、どうした、と聞いた。

「いつこの船から下りるんですか!?」
「契約が終わるまでだ。少尉。決まっているだろう」

 黙るアニサリ少尉。契約だったら、何も言えなかったが、でも。
軍神の軍服に染み付いた煙草の香りを吸って、決意を固めた。

「この船は危険です」
「まあ、周りは敵ばかりだからな。……安心しろ。策はある」

 比喩表現なしで百万のRBに囲まれても優しく笑える軍神タカツキは、しかし目の前に投げつけられるバインダー対策までは頭になかった。直撃してもんどりうった。

「何をするんだ!」
「バインダーを投げました」 肩で息をしながら、アニサリ。

 考える軍神。

「なぜ」
「……不明です」目をつぶっただけでは飽き足らず視線をそらすアニサリ。
軍神は考える。そして20年ほどの大昔、ウラル・カナンとカホル先生を取り合って喧嘩したことを思い出した。
笑ってみせる。
「友達と喧嘩でもしたか?」
「焼かれますよ」
「よしよし。任せろ。策はある」

 全然よしよしでもなく、任せられもせず、策は壮絶に違いそうな感じで、軍神は言った。こう言うところだけは、昆虫を集めていた悪がきの頃と大して変わらない。
貰った十種あんこを、まだ16歳のアニサリ少尉に渡した。笑ってみせる。

「ホワイトデーだそうだ。女に渡すといいらしい。女友達に渡せば仲直り出来るさ」

黙るアニサリ少尉。笑って首をかしげる軍神タカツキ。

「元々誰に渡すつもりだったんですか」
「俺のことは気にするな」

優しく軍神はそう言って、アニサリ少尉に全力であんこを投げつけられた。

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