NOTボーナス ガンパレード・オーケストラ緑の章(17)

 英吏は、斎藤から逃げている。普通ならば、未成年で男女の追いかけっこは(片方が英吏であるにせよ)微笑ましいものであるはずだったが、今の追いかけっこは、あまり微笑ましく見えなかった。英吏は目を向いて口をつらそうに開いて走っている。
ありていに言うと、本気で逃げていた。

が。どこか嬉しそうに笑って走る斎藤は、やすやすと英吏に追いつき、ついに後ろからその長い手足をのばして英吏の腹に手を回して引き倒し、英吏を派手に転倒させた。

 逃げないように英吏の手を後ろに回して締め上げながら、斎藤は優しく言う。

「駄目ですよぉ、英吏さん、ちゃんと治療を受けないと」
裏表のない、本当に優しい響きである。恐ろしいことに、斉藤奈津子に邪念はない。
その声を聞きながら、後二時間逃げ切れれば勤務シフトが入れ替わって神海の治療だったものをと思いながら英吏はうめいた。口を開く。

「かすり傷だ。今はまだ」
「だーめ、ですよぉっ」
 本当にもうと、くすくす笑う斎藤。無意識に力を込めて言った。
何か大事なものが外れる音。白目を剥く英吏。
「そんなに大っきいのに、なんでそんなにお医者さん嫌いなんですかぁ」

英吏は、痛みに耐えながら口を開いた。
「医者が嫌いなのではない。医療事故が怖いのだ」
 斎藤を名指し批判しなかった点は、英吏というひねくれ者が時々見せる妙な優しさのひとつと言ってよかろう。
斎藤は何もかも間違っていたが、その優しさだけは正確に理解して、淡い色の髪を揺らして嬉しそうに微笑んだ。

「そう言うのを、屁理屈って言うんですよ?」
そして回り込むように英吏の顔を見て、歯を見せて笑った。
「大丈夫です。この斎藤奈津子に万事おまかせください。私の手にかかればかすり傷くらい」
 斎藤は逃げ出そうという英吏の首を完全にその腕でロックして……後ろから抱きしめられているというより後ろから暗殺するようにして楽勝ですと言葉を締めくくった。気絶する前にはっきり言おうと考える英吏。
「そなたの足技で死ぬとは思わんが、その手にかかったら俺は死ぬ」
「もうっ」
笑う斎藤の腕に力が込められ、そして英吏の意識は、闇に落ちた。

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